東北工業大学

ライフデザイン学部

生活デザイン学科

岸本 誠司教授

Seiji Kishimoto

PROFILE

1996年に近畿大学にて修士課程を修了し、修士(文化学)の学位を取得。2001年から同大学民俗学研究所の研究員となる。2005年から東北芸術工科大学の専任講師に就任。2013年からは海洋ゴミ問題に取り組む特定非営利活動法人パートナーシップオフィスの理事を務める。2015年~2021年は、鳥海山・飛島ジオパーク推進協議会の主任研究員として活動。2021年から東北工業大学ライフデザイン学部の教授に就任。

担当科目
くらしのデザイン実習
地域環境文化論
など
研究室・教員紹介

※役職・担当科目および研究内容は取材当時のものです。

THEME環境民俗学の視座からこれからの社会に必要な
新しい価値とつながりをつくる

THEME環境民俗学の視座から
これからの社会に必要な
新しい価値とつながりをつくる

 フィールドワークの重要性を説く野本寛一先生(※右ページ「わたしと恩師」参照)に師事し、環境民俗学の学究に邁進してきた岸本先生。日本各地を調査で巡るうちに東北の魅力に惹かれ、山形県酒田市の離島・飛島に居住し、15年もの実地研究に情熱を注ぎました。さらに、鳥海山・飛島ジオパーク推進協議会で日本ジオパーク認定のためにも尽力。現地に身を置き、実体験をもって得られる学びの意義と発展についてお聞きしました。

地域の自然と共生する人たちに触れ
暮らしの知恵や文化に学ぶ学問

環境民俗学とはどんな学問でしょうか。

民俗学は人の研究です。ゆえに、人にアプローチすることが出発点になります。民俗学における環境とは暮らしを取り巻く自然を指し、環境民俗学では、地域に根ざして暮らす人々が、周囲の自然とどのような関わりを結んできたかを問うことが主題となります。

どんな事が研究対象になるのですか。

自然と向き合って生きていくためにどんな技術や知識が必要で、社会的なルールを生み出しているか。もしくは、信仰の対象として捉えた自然とはどんなものか。人と動物との関わり方など、多彩な研究対象があります。最近の私の視点で語ると、人は地球とどのように折り合いをつけながら生きてきたのか、これから地球とどう向き合っていくべきかを考察することも大事な命題になっています。そのために、私たち自身の生活の経験から学んでいくことが手がかりとなり、実際に現地を訪れ、多くの人の話を聞いたり周囲の観察を重ねたりする「あるくみるきく」のフィールドワークが最も重要な研究手段になります。

フィールドワークで培った知恵と経験で
持続可能な社会へ貢献する

指導した学生の研究にはどんなものがありますか。

昨年度、飛島でフィールドワークを行い、その卒業論文がSDフロンティア賞を受賞した学生がいますが、現地でお手伝いをしながら110日間も滞在しました。漁師ばかりが暮らす小さな離島で、U・Iターンの若者や現地の人々と交流しながら、自分なりの課題を見つけ論文を完成させました。しかも、それだけに留まらず、島の活性化を目指す「合同会社とびしま」に就職が決まりました。彼が卒業研究で得た経験は、長年飛島に向き合ってきた私には及びませんが、彼が島の未来の担い手として関わり続けることに、フィールドワークの先にある新たな可能性を見た気がします。

ジオパークに関わることで得られたものとは。

ジオパークはユネスコの正式事業です。ジオ・エコ・ヒトの要素が深く関わり合い地域の景観ができていることを理解しながら、それらを守り伝えていくための新しい価値とつながりをつくり、持続可能な社会に貢献することが目的です。そのため、分野の領域を超えたお付き合いが生まれる機会となり、それが今の私にとってかけがえのない財産になっています。

これまでの経験から新たな進展はありますか。

 民俗学では経験や記憶という時間スケールで考えることが主なのですが、生態学や地質学が扱う何万年、何百万年というより大きな時間スケールの要素を重ね合わせて生まれる価値に注視した、新たな環境民俗学のテーマにも取り組めたらと考えています。そのため、地球科学や自然保全についても、より理解を深める必要があります。現代の自然観は、第一次産業従事者が多くを占めた時代から変わり、価値ある自然環境を保全するとともに、楽しむ対象として関わることのなかでつくられます。人と自然とのこれからの関わりは、地球に対する科学的な理解と、生活の経験値のような実感から再構築することが重要だと考えています。

現地に身を置き課題に向き合いながら
東北のリアルを体感で得る手応えを

民俗学の研究による地域との関わり方とは。

私は「レジデント型研究」というスタンスで、地域に定住して研究者・生活者・当事者といった多面的な立場から問題思考と活動を進めてきました。民俗学は暮らしの総体を捉えることが重要なので、地域が抱える課題についても総体のなかで評価することができます。民俗学が現代的な問題に貢献できることもそこにあると感じており、地域の課題解決を研究の目的の1つにしてもいいし、取り組むモチベーションにもなると考えています。地域の課題に向き合うためには、自分自身の学問領域も融合して思考するセンスをもって、多方面の有識者と協働しながら向き合う必要があると考えています。

どんな学生に学んで欲しいですか。

現代には、インターネットなど便利な情報ツールにあふれていますから、行ったふり、知ったふり、経験したふりになってしまいがちです。学生の皆さんには、東北のリアル、暮らしのリアルを感じることができる機会を提供できればと思っています。この大学に就任したばかりの時、ゼミ選びをしている3年生の目につくよう研究室の扉に、「求む!フィールドプレイヤー」と書いたチラシを掲示していました。フィールドワークを楽しみながら、地域の発見や感動に出会うことに意義を感じられる学生を求めています。

COLUMN

わたしと

恩師

フィールドワークは民俗学の原点

私の恩師は、野本寛一先生という民俗学者です。環境民俗学という分野を開拓し、フィールドワークを重視する研究者としてその業績が評価され、2017年には国の文化功労者に選ばれています。東北に居を移すまでの約15年間、傍らで薫陶を受けた学問の師であり人生の恩人です。
私が初めて野本先生の講義を受けたのは19歳の春でした。先生の背中越しに見る多様な日本の姿、古老たちの人生や語りに私は圧倒されました。先生はさまざまな話題を取り上げるとき、「例えば…」といって、県郡町大字と伝承者の名前と生年を前置きし、極めて具体的なお話をされました。全て自らの調査によって得た内容です。
通信情報技術の進歩によって、現代人は膨大な情報に容易にアクセスできるようになりました。しかしその手続きのなかには、自らが歩くことによってのみ得られる資料はありません。デジタルネイティブといわれる現代の学生たちだからこそ、フィールドワークで得られる経験の意味は大きいと思っています。