
心地よさを、自分のペースで紡ぐ
—— 仙台の中心部で実践する循環型のライフスタイル
VOL.093 亀井 あかね(経営デザイン学科)
2020年初頭に世界を揺るがした新型コロナウイルス感染症のパンデミックから数年が経過し、2026年10月現在、私たちの社会は完全に新たな生活様式(ニューノーマル)が定着しました。かつては感染対策としての「強制された変化」であったものが、今では個人の幸福や心地よさを最大化するための「自発的な選択」へと昇華されました。
本エッセイでは、仙台市中心部を主な行動範囲とする筆者の視点から、コロナ禍を経て劇的に、しかし私にとっては必然の帰結として豊かに変化したライフスタイルと、それに伴う余暇の過ごし方の現在地について考察します。
1. 行動範囲のコンパクト化と「杜の都」の再発見
コロナ禍以前の私のライフスタイルは、今振り返れば、常に「外」の刺激へと向かっていました。夏季や冬季の休暇に遠方の都市へ出かけることや、大都市圏で開催される各種イベントへ足を運ぶことが、充実した休日の定義であるかのようでした。しかし、移動の制限を余意なくされたあの数年間を経て、私の視座は大きく変化したのです。
現在、私の日常の行動範囲のほとんどは仙台市中心部、すなわち仙台駅周辺から青葉通り、定禅寺通り、あるいは広瀬川や西公園に至るエリアで完結しています。旅行の頻度は以前に比べて激減しました。この行動範囲のコンパクト化は、職住近接の利便性と豊かな自然が奇跡的なバランスで調和する「杜の都・仙台」のポテンシャルを、細部まで再発見するための前向きな選択となりました。
対面回帰の流れもあるものの、ハイブリッドワークが定着した2026年の今、日常的な移動に費やすエネルギーは減少しました。毎日、青葉通りのケヤキ並木を歩き、季節ごとに表情を変える街路樹の美しさに目を向けています。かつては見過ごしていた身近な日常の風景の中にこそ、深い愛着と心の平穏が存在することに気づかされたのです。

2. もともとあった「こだわり」の「位置づけ」
行動範囲が身近な都市部に凝縮されたことに伴い、余暇の過ごし方の中心は「自宅の居心地の徹底的な追求」へとシフトしました。
実のところ、私にとって衣食住における「素材重視」の姿勢は、コロナ禍以前から一貫して持ち続けていたライフスタイルの核なのです。経年変化を楽しめる天然木の家具を選び、肌に触れるリネン類も天然素材にこだわり、身体を作る食材は生産者の顔が見えるものを求めます。それは昔からの私の流儀でした。地方都市である仙台の中心部にいながらにして、妥協のない品質やニッチな国内外の製品、そして希少な調味料を手に入れるために、コロナ以前からWebを駆使していました。
しかし、コロナ以前と2026年の今とでは、そのこだわりの「位置づけ」が決定的に異なります。かつて慌ただしかった日常において、Webで取り寄せた上質な素材たちは、「平日の疲れを癒すための部分的な休息」のためのサプリメントのようなものでした。外で消費するエネルギーの方が圧倒的に多く、自宅はそれを補うための場所に過ぎませんでした。
コロナ禍を経て、自宅で過ごす時間が生活のウェイトを大きく占めるようになったことで、かつては慌ただしい日常の隙間を埋める中での「ささやかな楽しみに過ぎなかった」素材へのこだわりとWebの活用が、今では私の精神と生活の中心に鎮座し、最も贅沢な「至高の過ごし方」へとその価値を高めています。
①家具とリネン類:愛着のある素材と過ごす時間
かつては「お気に入りの家具やリネンに囲まれている」ことで満足していました。しかし2026年の今、自宅は単なるコレクションケースではなく、五感を解放するための聖域となっています。ミッドセンチュリースタイルで揃えた、ウォルナットのオイル仕上げの家具たちは、この数年でさらに深い飴色へと変化し、部屋全体に落ち着いた風格を齎しています。仙台中心部のインテリアショップで吟味し、少しずつ買い足してきた職人の手仕事による椅子やテーブルは、在宅の時間をより豊かなものに変えてくれます。
肌に直接触れるリネン類(麻やオーガニックコットン)への投資は、単なる贅沢ではなく、より切実で本質的な選択なのです。以前からWebを通じて国内外の機屋(はたや)のこだわりや職人のストーリーを読み解き、これぞと見定めたファブリックを取り寄せていましたが、今やその「Webでのリサーチと吟味」にかける時間の濃度が違います。それはただの「買い物」を超えて、自分の理想の空間を構築するための、極上の余暇となっています。夏は涼しく冬は暖かい至高のリネンシーツに身を包んで目覚める朝は、外の世界がどれほど激動しようとも、自分を無条件に肯定してくれる絶対的な安心感を齎してくれます。
②食材へのこだわり:家食の深化と、長年通うビストロでの情報収集
「良い食材を選び、丁寧に作る」というコロナ以前からの習慣と、それを支えるWebでの調達も、自宅時間の増加によって、純粋にクリエイティブな一種のエンターテインメントへと昇華されています。
仙台の中心部に暮らす最大の利点は、新鮮な「宮城の食の恵み」がすぐ手に入ることです。週末には、散歩をしながらこだわり食材を扱うデパ地下やセレクトショップへ足を運ぶことが、生活に欠かせない重要なイベントにもなっています。三陸の豊かな海で獲れた新鮮な魚介や、大地の力強さを感じる有機野菜を対面で選ぶ楽しさは格別です。更に、コロナ以前から現在に至るまで、産地から直接、我が家へと迎え入れているこだわりの調味料やスパイスをかけ合わせて、調理をする時間を楽しんでいます。
この「食へのこだわり」をさらに豊かなものにしてくれるのが、たまの贅沢として訪れる外食の時間です。
不特定多数が集まる賑やかな店に足を向けることはなくなり、利用するのは決まって、コロナ以前から長年通い続けている、生産者の顔が見える素材に徹底的にこだわった馴染みのビストロです。信頼する店主やシェフが選りすぐった、その時期の旬の食材や、まだ見ぬ希少な品種の野菜、特別な熟成を経た肉や魚との出会いには、常に新鮮な発見があります。こだわりの食材を、プロの技術で調理された料理として味わう時間は、単なる美食の追求にとどまりません。
カウンター越しに「これはどこの生産者のものか」「この品種はどう調理すると美味いか」といった対話をします。この店は、私にとって食のトレンドを牽引する食材やレシピの情報収集の場でもあるのです。ここで得た新たな知見や刺激は、すぐさま自宅のキッチンへと持ち帰られ、Webでの新たな取り寄せや、週末の買い出しのインスピレーションへと還元されます。こうして外食と家食が心地よく循環すること自体が、今の私にとって豊かな余暇のスタイルになっています。

3. 2026年、私たちが手に入れた新しい豊かさ
2026年10月現在、私たちの生活からコロナ禍当時の張り詰めた緊張感や、目に見えないウイルスへの恐怖心は消え去りました。しかし、あの未曾有の危機において、私たちが強制的に立ち止まらされたことで得た「本当に大切なものは何か」という本質的な問いへの答えは、確実に今の私たちの血肉となっていると考えています。
私にとってそれは、新しい価値観の獲得というよりは、もともと大切にしていた「衣食住の素材へのこだわり」と「Webの活用」という原点への確信であり、その深化でした。遠くのきらびやかな世界へ行かなくとも、大勢のノイズの中に身を置かなくとも、この仙台の中心部という馴染み深い舞台の上で、リアルなローカルの恵みを愛し、以前から愛用していたWebを通じて、国内外から品物を吟味して取り寄せること、更に、長年信頼する店でのひとときが、私の知見を広げ、深めてくれるのです。そうして整えたお気に入りの空間で、身体に良いものを食し、自分のペースで丁寧に、かつ濃密に日々を紡いでいくことで、活力が湧いてきます。
家を整え、食を慈しみ、身近な暮らしに投資するという、コロナ以前から一貫している私の生き方は、コロナ禍という試練を経て、余暇の中心的な過ごし方になりました。これこそが、激動の時代を経て獲得した、私にとって最も贅沢で持続可能なライフスタイルなのです。

亀井 あかね 准教授
東北大学大学院 情報科学研究科「都市社会経済システム分析研究室」において地域経済学と計量経済学を学び、情報科学の修士号を取得しました。その後、東北大学法学研究科「ジェンダー法・政策研究センター(現 ジェンダー平等と多文化共生研究センター)」の研究員として在職し、本学ライフデザイン学部開設の2008年から、経営デザイン学科で教鞭を取っています。
最近の研究テーマとして、人口減少とトランジション研究の観点から、地域経済の調査・研究を行なっています。この研究では、人口減少を食い止めて過去の規模を取り戻す(克服)のではなく、縮小していく現実を受け入れた上で、暮らしや地域サービスを維持・再構築(適応)する視点を重視しています。

地域経済学・社会情報学研究室
研究室所属学生は、現実に生じている社会経済的課題から、卒業研究テーマを設定し、当該課題の原因発見・問題解決について、定量調査もしくは定性調査の手法を用いた研究に取り組んでいます。
研究室所属学生に対して、研究に関する「テーマ選択は任意」であるが、「1次データを用いた研究であること」を共通要件としています。1次データ(プライマリデータ)とは、他人が集めた既存のデータ(2次データ)ではなく、実験、調査票調査、インタビュー、観察などを通じて、研究者が自ら直接収集したオリジナルのデータのことです。
研究において1次データ(プライマリデータ)を用いることの重要性は、研究の独自性(オリジナリティ)と信頼性を根本から支える点にあります。既存のデータ(2次データ)に頼らず、自らデータを収集することには、1. 研究の「独自性(オリジナリティ)」の証明、2.「目的への合致度」の最大化(高いコントロール性)、3. データの「正確性と信頼性」の担保、そして4.「解釈の深さ」、という意義があります。
1次データを用いるということは、研究目的や仮説に合わせて、調査項目、実験条件、サンプリング対象などを厳密に設計できるということです。他人のデータを使った分析は似たような結論になりがちですが、独自の1次データがあれば、全く新しい切り口で議論を展開できます。更に、変数の多い社会現象を対象としながらも、研究目的や仮説に応じて、調査項目、実験条件、サンプリング対象などを自らの手で論理的に設計していける点に研究の醍醐味があります。よって、2次データにありがちな「この項目さえあれば分析できたのに…」というストレスや限界がありません。
1次データを用いた研究では、データが「いつ、どこで、どのように、誰から」集められたのか、また、その背景や限界(エラーやバイアス)を研究者自身が完全に把握できます。そして、変化の激しい現代において、2026年現在の最新の社会情勢や市場動向、生体反応などをリアルタイムに反映した分析も可能です。例えば対面で実施する調査票(アンケート)調査やインタビューであれば、回答者の表情や現場の空気感、文脈も含めてデータを理解しているため、分析結果に対して深い考察(解釈)が可能になります。
但し、調査規模に関しては、時間制約および予算制約条件を踏まえた上で、代表性を担保したサンプリング(標本抽出)が実現できるように、指導しています。