東北工業大学

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※教員の所属・役職及び学生の学部・学科・学年は取材当時のものです。

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研究室の窓から見える景色

VOL.067 内田 美穂(環境応用化学科)

20年程前の早春、今日までずっと居続けている八木山キャンパスの研究室となる部屋に初めて足を踏み入れた。近場の他大学から工大に着任することが決まっていたので、4月の新学期が始まる前に自家用車で少しずつ仕事道具を自力で運ぼうと、今にして思えば気が急いているのかのんびりしているのかわからない思いつきから、配属先の(当時)環境情報工学科に頼み込んで居室を早々と決めてもらった。
研究室として使うことになった部屋は、その当時、ゼミ室として普段はほとんど使用されていないようであり、部屋には何も置かれていなかった。その部屋に足を踏み入れてまず驚いたのは、南向きの5階の窓から仙台市太白区から名取市方面の広いエリアをみわたせること、そしてその眺望であった。見渡す景色の良さと自分の研究室をこの部屋につくることができる、ということから気分が高揚し、着任間もなく依頼された「工大ひろば」(註:東北工業大学組合の機関誌)の新任教員自己紹介記事の上滑りな文章にも、窓から見える景色について書き記した。最近は短期記憶も怪しいものの、自己紹介記事は手書きではなくPCで書いたと記憶していたので、原稿ファイルが残っていないか、不要ファイルを蓄積させているハードディスクやクラウドストレージを探してみたが見つからなかった。ともあれ、20年という現実の時間が流れてもぼんやりと遠い目で思い出したことと、最近もつれづれ思うことに大きな変化はないのであった。

大学外にでかけることも、また、大学外から訪れる人もほとんど無い自分にとって数少ない来客は、環境分野関係で担当している自治体設置の各種委員会の事務局担当者の方々である。挨拶代わりの世間話の種も蒔くことができず、ほとんど黙りの自分に気を遣い、話のきっかけに研究室の窓から仙台平野の広いエリアを見渡すことができる眺望が話題に挙げられることが多い。この話題が上の句に来たときの、自分がつなげる通例の下の句は八木山が仙台市内の小高い「山」であること、そして「山」まで来ていただいたことへのお礼の言葉である。

ここ数年どんどん老眼が進んでいくが、遠くを見る視力はなぜか衰えていない。窓から見える仙台平野の街並みのその先にうっすらと海岸線が見える(ような気がする)。実のところ「平野の端まで見渡せる」ということを観察力に乏しい自分は長らく意識していなかったが、海岸方向を震災後にあらためて、目を凝らして見た。その後、思い立つ折りに海岸方向を窓越しに見る。少しずつ変わっていく景色が見える。

研究室を出た廊下は外に向かう壁面(というべきかどうか)が全面ガラス張りで八木山から北方向の景色が眼前に広がる。それが四季なのだといわれればそのとおりなのだが、夏暑く冬寒いこの建物の窓ガラスに数年前フィルムが貼られ、研究室と廊下の間の壁面に設置されたネットワークルーターの夏場の叫び声が小さくなった。フィルムが貼られたことで窓から見える景色は一面ブルーグレートーンに置き換わった。ブルーグレートーンの景色は夢の中でみる心象風景のトーンに似ている。しかしそれが心象風景ではなく現実へと引き戻してくれるのは、目の前のベニーランドの遊具たち、青葉山の建物、遥か遠くの泉ヶ岳のスキースロープなどである。東寄りに視線を移すと白い仙台大観音の上半身も確認できるが、こちらは夢の中の景色と取り違えてしまうかもしれない。


研究室のある5階にはエレベーターを使って移動する。2機設置してあるエレベーターは運行のアルゴリズムがあるのかもしれないが、なかなかこちらの期待どおりに動いてくれないことが多い。移動方向を間違えて乗り込み、エレベーターを降りると眼前に広がるガラス張りの窓越しの風景に違和感を覚え、予定外の階に来てしまったことに気付く。見える景色の大局は変わらないが、階が一つ上にあがり視点が少し変化しただけで異なる眺望を呈する。同じものをみていても、少し視点が変わることで違うものに見えてくることに気付かされる。

キャンパスに新しい建物が建てられることになり、長らく過ごしてきたこの研究室から場所を移動することになるかも、と心配していたが移動しなくてよいことになった。もうしばらくこの部屋から窓越しの景色を眺めていく。

内田 美穂 教授

東北大学・大学院を修了後、東北大学で助手を務めた後、東北工業大学に着任して現在にいたります。環境化学の中で主に環境測定分析や化学物質のリスクアセスメント分野に携わっており、労働安全衛生規則での「化学物質管理専門家」「作業環境管理専門家」に登録しています。2020年度からクロスアポイント制度で東北大学大学院工学研究科の特任教授を務めています。

内田研究室

内田研究室では、日常環境における化学物質や生活環境条件を分析し、生活環境や行動様式が化学物質に曝される機会や量にどのように影響しているかを調査しています。日常過ごす屋外や室内といった一般環境のほか、実験室や喫煙室、交通移動といった特定環境下の調査・分析を行っています。リスクの要因を探ることで、リスク削減に向けた対応策を考える道筋をつけることができます。

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