東北工業大学

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※教員の所属・役職及び学生の学部・学科・学年は取材当時のものです。

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旅とスケッチの楽しみ

VOL.066  錦織 真也(建築学科)

新型コロナ感染拡大も一応の落ち着きを見せ、海外との往来が回復してきました。
私が所属する建築学部でも、今年は久しぶりに台湾の中原大学との交換留学やヨーロッパ研修旅行が再開されます。夏休みも始まり街中で外国人旅行者の姿が見かけるようになったこの頃、学生時代の海外旅行のことが思い出されます。

学生時代、旅先ではたくさんのスケッチを描きました。
最初の旅行先はタイ。アジアブームの頃で、同級生3人とパック旅行で行きました。現地での激しい暑さや珍しい食べ物、見たこともない植物、これから発展していこうとする都市の勢いに圧倒された様子がスケッチから伺えます。今でもアジアへ行くと元気をもらえるような気がします。

バンコクのスケッチ(1998年)

バンコクの高校生とルンピニー公園の人々のスケッチ(1998年)

翌年、妹と2人で、飛行機や宿を自分たちで予約して、フランスへ行きました。フランスでのスケッチを見ると、メインの訪問先ではない、何気ない街の様子や食べ物のスケッチがほとんどで、ヨーロッパの都市に初めて訪れた感動がいきいきと伝わってきます。

パリのスケッチ(1998年)

マルセイユのスケッチ(1998年)

携帯電話もインターネットも普及していない時代。ガイドブックや時刻表だけで世間知らずな異国の女の子が2人でふらふらと旅をしていたのです。すっかり記憶から消えているのですが、スケッチにはたくさんの現地のマダムに親切にしていただいたことも描かれていました。

たくさんのマダムに親切にしていただきました(1998年)

その後、生物学科を卒業し、建築学科の3年に編入しました。建築学科に入って最初の春休みに、格安航空券でフランスとイタリアへ一人で行き、1泊1000円ほどの安宿に泊まりながら3週間ほど旅をしました。再訪したパリやマルセイユでは、ル・コルビュジエの建築を見て回りました。最後に南フランスのカップ・マルタンで、ル・コルビュジエが晩年に建てた休暇小屋を訪れ、墓参りもしました。ただ、写真ばかり撮っていたので、この時のスケッチはありません。思い出せることも少ないです。
昨年、奇しくもル・コルビュジエが休暇小屋を完成させた100年後の8月1日に、高大連携の授業でカップ・マルタンの休暇小屋を改造するという課題に取り組みました。授業の資料を準備する中で、学生時代、春とは思えない眩しい日差しの中で右手に地中海を見ながら小径を歩いたことが思い出されました。

昨年のサマーカレッジで製作された小屋の模型(2023年)

大学院へ進学した春には、オランダのロッテルダムに3週間滞在し、世界各国の学生たちと卒業設計を展示したりワークショップをしたりました。その時に、オランダのラジカルで合理的な思想に触れ、軽いカルチャーショックを受けました。
ワークショップのスタジオマスターは、NLアーキテクツのカミエル・クラーセという若手の建築家でした。Tシャツにスニーカーという出立ちで、CDデッキを片手にR&Bの音楽を大音量で流しながら現れ、R&Bハウスを作ってください!という、所々綴りが間違った英語の課題文を渡してくれました。
英語ができればそれに越したことはないですが、大事なのは個々人のクリエイティビティと情熱なんだ!と、カミエルから勇気をもらいました。その時のスケッチがこちらです。

オランダのワークショップでのスケッチ(2001年)

ワークショップで出会った仲間たちを住人とし、それぞれの個性がぶつかり合う空間をスケッチで表現しました。このスケッチを使って、マレーシアと日本のチームメンバーがR&Bの曲に合わせてMVをつくりました。この作品はワークショップで最優秀賞をいただきました。

ワークショップは、VAN NELLEという20世紀初頭に造られた工場で行われました。滞在先は、DE UNIEという、これも20世紀初頭のカフェとダンスホールが併設された小さな宿でした。そこの2段ベッドで男女関係なく寝泊まりしながら(私の2段ベッドの下にはスキンヘッドできれい好き、体格の良いイタリア人の男の子がいました)、朝はぼんやりした頭でパンとチーズとコーヒーの朝食を取り、オランダの建築協会が用意してくれたバスに乗せられてVAN NELLE工場へ行くのです。工場の窓からは、モスクとオレンジ色の刑務所(オレンジはオランダのテーマカラーのような色で、あらゆる公共的なものにオレンジが使われています)とサッカースタジアムという実に脈絡のない集団が隣り合った風景が見えました。日本で当たり前だと思っていたことをあっさりと裏切られるような環境で、1週間ほど工員のような気分でR&Bハウスの制作をしました。夜は各国のワークショップの仲間と街へ繰り出し、お酒を飲みながらたくさん話しました。

個人差があることを前提として、その時の私たちアジア人チームは、真面目・勤勉で黙って作業ばかりしていました。ヨーロッパの学生は議論ばかりしていて手が動きません。南米の学生はいつも芝生に寝転がっていましたが、直前に徹夜をしてすごいスピードで作品を仕上げてきました。いろんな国の学生と一緒に過ごす中で、国や文化による違いを肌で感じることができました。

その後、仕事や旅行で何度か海外を訪れましたが、今こうして振り返ると、20代の旅で得た経験に勝るものはないと感じます。ここ最近、全く旅行をしなくなりましたが(今日は横浜へ『出張』しています)、こうして学生時代のスケッチや思い出を振り返ると今でも元気が出てきます。

錦織 真也 准教授

東北大学理学部生物学科を卒業後、工学部建築学科に編入。東京藝術大学大学院を修了し、伊東豊雄建築設計事務所を経て小川錦織一級建築士事務所を設立。2022年より東北工業大学の建築学部で教育研究活動及び設計を行なっています。

錦織研究室

錦織研究室では個々人の身体から派生する感覚や人と人との領域感、関係性まで考えを巡らせながら、建築・インテリアを中心とした実践的な設計に取り組んでいます。地域・社会における人びとの居場所や空間についてのリサーチと実践を伴った、開かれた建築設計を展開しています。

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