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ディープラーニングと仏教の類似性

VOL.065 中山 英久(電気電子工学科)

「風か吹けば桶屋が儲かる」という話をご存じでしょうか。この話は、一見して全く関係がないような物事にまで何かしらの影響が及んでいるということの例え話として用いられます。このモデルについては、こじつけの関係という意味で用いられることが多いと思います。どのようなモデルなのかを説明すると、“風が吹けば、土埃が立ち、そのため眼病になる人が出る。眼病を患う人の中から、盲人となる人が増える。盲人の生業は三味線なので、三味線が多く必要になる。三味線はネコの皮で出来ているため、多くのネコが必要。ネコが減れば、ネズミが増える。ネズミは桶をかじる。桶が少なくなるので桶屋が儲かる。”ということになります。図示すると、図1のようになります。各段階で他の要因も考えられますが、入力データを「風量」、出力データを「販売数」として、つながっているところだけを強調していることに注意してください。

図1:「風か吹けば桶屋が儲かる」モデル

一般に、2つの事柄(AとB)の間になんらかの関連性があることを調べるときには、まず、AとBの相関関係(A⇔B)を調べます。そして、AとBの背後にある意味合いを考えて、Aを原因としてBが変化することが分かれば、AとBに因果関係(A⇒B)があると判断できます。その際、間接的な要因による関係がある場合は「疑似相関」として、直接的な因果関係とは判断しません。つまり、上で示したモデルは「疑似相関」ですが、遠因のある関係としても捉えられる訳です。遠因のある関係として良く耳にするのは、エルニーニョ現象でしょうか。太平洋赤道域の日付変更線付近の海面水温が平年より高くなることをエルニーニョ現象といいます。エルニーニョ現象は、世界中の異常な天候の要因となりうるといわれております。近年では、我々が把握しきれないところにも要因があるようなので、その影響をにわかに切り捨てることは出来なくなっているようです。

関係性に関する推定が可能な因果ネットワークは、ディープラーニングで構築が可能です。ディープラーニングを用いることで、遠因であっても、入出力の関係性について高い信頼が得られるようになってきました。ディープラーニングは機械学習の一種で、ニューラルネットワークを人工的に構築する技術です。ニューラルネットワークは、多くのニューロン(神経細胞)が層状に相互結合した構造で、人間の脳の機能を模倣しているとされます。ニューラルネットワークが多層である場合、ニューロンを結合する重みの学習に様々な工夫が必要で、特にディープラーニングと呼びます。このディープラーニングでは、ニューラルネットワークに大量のデータを入力し、ニューロンを結合する重みを調整することで、入力データと出力データの関係性を学習します。この学習では、ニューロンを結合する重みを逐次調整し、入力データと出力データの誤差を減らすように学習が進みます。

図2:ディープラーニングの例(VGG16,Oxford,2015)

図2に具体的なディープラーニングの例を示します。このネットワーク(VGG16)には41個の層があり、重みを持つ16個の層で学習が可能です。16個のうち13個は畳み込みの機能、3個は全結合の機能があります。ディープラーニングの層では、ニューロンの重み付き和をとり、入力データから順方向の伝播をさせて、出力データが得られます。最も一般的な層の学習手法は、誤差逆伝播法です。誤差逆伝播法では、得られた出力データと教師データとの誤差の和(平均二乗和)が最小になるように、多変数の合成関数における偏微分の連鎖律を用いて逆方向へ伝播させ、各層の重みを調整して学習を行います。

ここからは、ディープラーニングが仏教における「諸行無常」「諸法無我」のアナロジー(類似性)であると思考してみます。下記は、方丈記の冒頭のフレーズです。

『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しく止まる事なし。世の中にある人と住家と、またかくの如し。』(方丈記,鴨長明,1212年)

方丈記の作者である鴨長明が生きた時代は、大地震や大火などの災害や、飢饉、疫病が多かったといわれております。そこで、人が死んだり、家がなくなったりすることは、珍しくないといっています。このフレーズは、仏教の無常観を表すものとして有名で、すべてのものごとはいつも移り変わる「諸行無常」という、仏教の教えについて触れたものです。もう一つ、大切な仏教の教えに、「諸法無我」があります。「諸法無我」とは、あらゆるものは互いに依存し合っており、関係性なくして存在するものは何一つなく、単体で存在しているものなどありえないという教えです。同じようにみてみると、人間関係や建物の配置は定まったものではなく、関係する人の縁や周囲の環境に依存して存在していると解釈できるかも知れません。

図3:ディープラーニングのニューロン

話をディープラーニングに戻します。図3のように、あるひとつのニューロンに着目すると、入力側に複数の枝が有り、出力側にも複数の枝があります。直感的には、枝の太さが情報の重み(結合の確からしさ)といえます。全体からみれば、ニューロンは単体では存在せず、前後の層間での関係性のみに依存して存在しています。勘の鋭い方ならお気付きかも知れません。これはまさに「諸法無我」を表していると考えられます。また、ニューロンからみた視点では、入出力データとは関係性でつながってはいますが、その全体を意識することなく、データは順方向にも逆方向にも伝播していきます。これもまた、「諸行無常」を表していると考えられないでしょうか。

ディープラーニングの高性能化が進み、いまではOpenAIの”ChatGPT”やGoogleの”Bard”といった、人間のように自然な会話ができるAIサービスが実装されるようになってきました。我々の把握しきれないところでの影響は、いつかどこかで関係性を持ってつながっていることを認識すると、仏教で教えられている縁起の法則は、ディープラーニングそのものであるとも考えられます。仏教の無常観という摂理が、人工知能ではディープラーニングとして実装されているのではないかと、思いを巡らせてみました。ディープラーニングが人工知能の分野で大きな進歩をもたらした技術であること、また、画像認識や自然言語処理などの分野で大きな成果を上げていることが、ある意味で納得できるのではないでしょうか。

中山 英久 教授

専門は、IoTセンサの高度な情報処理に関する研究です。学問分野としては、機械学習、人工知能、パターン認識、アルゴリズム、そして、組込みシステムとなります。
東北大学を卒業、東北大学大学院の情報科学研究科で博士号を取得してから数年間勤めたのち、本学の講師として着任し、これまで准教授、教授として、教育・研究に携わってきました。
学生時代から続けている少林寺拳法は六段の腕前で、本学少林寺拳法部の顧問、東北大学少林寺拳法部の監督を兼任しております。

中山研究室

次世代のIoT社会における高機能センシングで、センサから得られた情報を効率的に収集することはもちろん、高信頼性を持つネットワークを目指して、アドホックネットワークとIoTセンサの高度な情報処理に関する研究を行っています。アドホックネットワークについては、仮設のネットワークという利点を活かしつつ、信頼性が高く安心して利用できるネットワークの構築に関する研究を行っています。また、IoTセンサの高度な情報処理については、IoTセンサで観測されて集まった多次元の情報を、機械学習で分析する研究を行っています。

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