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※教員の所属・役職及び学生の学部・学科・学年は取材当時のものです。

Men In A Boat

VOL.055 佐野 哲也(環境応用化学科)

そのとき居たのは、家人と私の2人、それに猫のにゃん吉である。2人はリビングのテーブルのところに腰掛け、果物のなしを食べていた。シーズン2を迎えたコロナ禍の木曜夜のことである。にゃん吉は家人に「さっき食べたでしょ忘れたの?」と言われながらロイヤルカナンのおねだりが多い猫さん用のおやつを一粒ずつもらって食べていた。テレビでは人気の医療系ドラマのシーズン7をやっている。こちらもコロナでてんやわんやしていた。

私 :「この人の名前なんだったっけ?」。
家人:「この人って誰?」
私 :「主役の…」
家人:「マジか! 大丈夫か!」 
私 :「待って、言わないで。自力で思い出さなないと悪化するっていうし。『あ』じゃないし、『い』じゃないし、『う』じゃないし、『え』じゃないし・・」
家人:「『よ』でしょ」
私 :「あっそうか」「じゃあ、この麻酔医の人は?」
家人:「えーと」
私 :「ほらっ、北の国からに出演して、孤島のお医者さんと結婚したけどさ…、ドラマでは失敗しないのでとか言っているけど、二人とも結局…」
家人:「なにそれ。だめだ出てこない。ネットで検索!」

もちろんこれには水曜夜版があって、こちらもシーズン20まで続いている有名ドラマですが、長くなるのでやめましょう。2年弱のコロナ禍で「ひと」や「もの」の名前が急に出てこなくなりました。パソコンに向かって独り言ばかり言っていたせいかもしれません。家人との会話も「あれ」や「これ」が多くなり、余計なことはよく覚えているのですが肝心の名前が出てきません。

もう学生さんは薄々察していると思いますが、私が中高生だった頃からテレビで活躍されている俳優さんの名前でもこうなので、あまり期待しないでください。ようやく、研究室メンバーの名前が瞬時に出てくるようになりました。もうメモリーが足りません。

言い訳になりますが、私が専門とする植物生態学のルーツは博物学につながるので、図鑑を見て名前を覚えなくてはいけません。様々な名前を覚え過ぎました。大学の広報媒体で研究の話をするとき、植物に興味をもったのは中学生の自由研究で植物標本を作製したことがきっかけで…ということに一応していますが(めんどくさいので)、植物とのつきあいは自慢じゃないですが幼稚園のひまわりぐみからはじめたらもっと古くなります。ここで変な性向が身についてしまいました。

私の地元は、新潟市南部の亀田郷とよばれるところです。車で10分ほど行ったところにあの有名なおせんべい会社の本社があります(社会科見学はヤマザキのパン工場でしたが)。亀田郷は、昭和30年頃までは背まで水に浸かって稲作を営んでいたような沼の多い信濃川の氾濫原で、そこを排水し埋め立てて造成した住宅地に私の家があります。以前、新潟で開催されたOB支部会で都市マネジメント学科OBとお話しした時に、私が住んでいたところの造成を手掛けられたと伺い、本学の歴史を実感しました。難工事だったそうです。亀田郷については、司馬遼太郎氏の『街道をゆく』という紀行文集掲載の「潟のみち」に詳しいので、興味があればご覧ください。

沼(潟)を埋めて造った新興住宅地ですので、田んぼはあれども木々の緑あふれる場所ではありません。しかし、植物の名前にはあふれていました。一角に団地があって棟名が番号ではなく植物なのです。全国でも珍しい団地ではないでしょうか。幼稚園はこの近くにありましたので、当然知り合った子はどこに住んでいるのかとなるわけです。ひまわりぐみの○○くんは「さくら」に住んでいるという感じです。この記憶の体系化法が今でも尾を引いています。では全21棟。挙げてみましょう。

あじさい、いそぎく、うめ、えぞまつ、おうばい、かんな、ききょう、くろっかす、けいとう、こすもす、さくら、しらかば、すぎ、せんだん、そてつ、たけ、チーク、つばき、てっせん、ときそう、なでしこ

これをすべて小学校低学年までに仲間の名前とともにマスターするわけです。今でも忘れていません。すごいでしょう? みなさん何種類ご存じでしょうか。まさか、本学OBが命名者ではないでしょうが、50音順という制約があるため通好みの顔ぶれとなっています。難しいと私が思うものだけ解説しましょう。

団地のさくら
出典: google earth ストリートビュー

まず「かんな」。恥ずかしながら私もネット時代になるまで知らなかったのですが、写真を見れば「あぁ」となります。南国の空港ロビーを彩っているような赤い花を咲かせるショウガの遠い親戚です。なぜ「うめ」があるのに「かき」にしなかったのかと思うのですが、「赤いカンナが咲いていた」という初代ジャニーズメンバーの歌があるそうなので、ある世代以上の方にはなじみがあるのかもしれません。「せんだん」は「せんだい」と響きが似てますが、南国の早成樹で九州ではバイオマス発電用にも植林されています。大学院時代によく南九州の森に連れて行ってもらっていたのですが、そこで初めてお目にかかりました。

「チーク」は雨季と乾季がある熱帯アジア地域に生える樹木で、乾季に落葉します。高校の生物や地理の教科書にも登場し試験に出る世界三大銘木ですが、今はワシントン条約で取引が制限され貴重です。東京上野の旧岩崎庭園(三菱創業家の元邸宅)に行ったときに、ジョサイアコンドルが設計したという洋館のベランダ床板がチークと聞いたのがはじめての出会いです。ちなみに、他の2銘木はウォルナットとマホガニー。マホガニーは中南米原産のセンダン科の植物です。旧岩崎庭園では、小岩井農場の名が共同創設者の小野さん、岩崎さん、井上さんに由来するということも知りました。これは、リンゴ品種「ふじ」の名が青森県藤崎町と女優の山本富士子に由来しているというのと同じくらいの衝撃でした(一応、富士山も掛かっているそうです)。「てっせん」はクレマチスの仲間で園芸種です。「ときそう」は、大学2年生の初遠征で青森八甲田山の湿原に連れて行ってもらった時に見せてもらい、しばらくその場から動けませんでした。

昔の「○○くん」は「ときそう」に住んでいるという記憶に、現在は「ときそう」は「日当たりがよい湿地によく生えるランの仲間の植物」でその名は「花が朱鷺の羽のような色をしているところからきている」という情報が加わっているわけです。ですので、学生さんには、髪の毛をピンクに染めろとまでは申しませんが、せめて「出身地」だけでも熱烈アピールして欲しいです。そうしていただけますと、住処とともに名前を覚える性向がある私には覚えやすくなります。

さて、植物の研究室で学生は、先生と歩きながら植物の名前を教わっていきます。先生は硬軟織り交ぜて植物の名とその特徴を学生に刷り込んでいきます。学生がヘクソカズラという白とピンク色のかわいいラッパ型の花をつける植物の名を聞いてくれば、葉を少しつぶし匂いを嗅いでみるように言い(いい匂いと反応したら、たまにそういう奴もいるんだよなと言う)。くずもちの原料となる植物の名を聞いてくれば、君のことだよと言い(もうできなくなってきましたね。昭和は遠くなりにけり)。イラクサの名を聞いてきたら茎を握ってごらんと言う(これはさすがに私が学生だった頃も規制されていて、寸止めされました。細かい棘があり刺さると腫れて痛いそうです。「イライラする」という言葉のイラはこの棘のことで、もし握ると「痛いか、イライラしてきたか、これがイラクサだ」と言うことになっているとのこと。ちなみにこの植物の別名は蕁麻といい蕁麻疹の由来にもなっています)

このように、名前、形、におい、棘の有無、食用の可否など情報がつづき(そこらへんの草はけっこう食えるのです)、そしてたいていは「またの名は…」と来ます(ちなみに、ヘクソカズラのまたの名は早乙女かずら)。この最後のフレーズ。赤塚不二夫氏や高橋留美子氏をはじめとするギャグ漫画家を多数輩出している新潟の生まれとしては、たしなみとして「股に名があるんですか?(by パタリロ、魔夜峰央氏)」とまぜっかえしたくなる衝動に駆られるというのは別にして、とても厄介です。「またの名」のほうが刷り込まれて本名が思い出せなくなるからです。

問題の「またの名」を聞いたのは、大学院に進学して初めての夏でした。鹿児島県屋久島での実習で、尾之間温泉あたりの海岸沿いで散策をしていた時です。複数の研究室学生が参加していましたのでヤドカリ探しに興じるものもいましたが、植物学徒はしゃがんで植物をいじくり始めた恩師のまわりに集まります。今思えば、恩師も私と同じ症状を患っていらしたらしく、ようやく出身地だけでなく名前も覚えてもらったと実感しはじめた頃のことでした。

恩師:「この植物の葉を触ってごらん」
私 :「ざらざらしてますね」
恩師:「これはネコノシタと呼ばれるキク科の植物。猫の舌みたいにざらざらするでしょ。キクの仲間は意外に海に多いんだよ」
私 :「へえ、猫の舌ってざらざらしてるんですね」(この時はまだ猫と暮らしたことがなかったので残念な反応。むしろ「キク=海に多い」という情報があの団地の「いそぎく」とつながり密かに興奮)


猫の舌

こんなやりとりのあと、あの「またの名」を聞くことになります。ちなみに私の恩師は、図書館の貸禁本コーナーによく置いてあるような『世界○○大百科』みたいな大型本の翻訳・監修を何冊も手掛けているため、世界中の「またの名」に通じていらっしゃる。

恩師:「南の島の海岸沿いには、花が咲いた後のたねが熟した様子が、船乗りが船に乗っているような姿をしている植物がいて、またの名を『Men In A Boat』 という」
私 :「ホントですかそれ?私、高校生の時にボート部でしたよ」
恩師:「種がボートみたいに変化した葉(苞葉)に乗って大海原へ繰り出していくんだ、ふふっ」
私 :「またまたぁ」

うーん、この植物はいったい何だったのだろう? ネットで検索すると「Men In A Boat」は「ムラサキオモト」というツユクサの仲間ということは分かったのですが、中米原産とあり屋久島には自生しないのです。どういう話の流れでこの名が出てきたのかしら? もしかしたら、名前の似ている「ハマオモト」という海浜植物を見てその名がでてきたのでは?もしくは、ハワイなど海洋島で野生化し問題になっている外来種なので屋久島でも問題になっていたのかも? 思い出せません。でも、種が舟形をした葉に乗って海上を渡っていくというのは冗談っぽいですよね。冗談を言いそうにない人がたまに言う冗談は区別がつかないから本当に困ります。

ムラサキオモト
出典:図版 ヘイウッド花の大百科事典(朝倉書店)
   写真 https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=19356751


ちなみに、「ムラサキオモト」はBoat Lily という名でも売られています。別名はCradle LilyやMoses In The Cradle。これはあの「十戒」のモーゼが新生児のときに追手から逃れるためにゆりかごに入れられナイル川に流されたことに由来。さらに「Three Men In A Boat」と乗員数が具体的な「またの名」もありますね。これをネットで検索すると「ボートの3人男」というイギリスのジェローム・K・ジェロームが書いたユーモア小説が出てきます。邦訳は丸谷才一氏。山形県鶴岡生まれ旧制新潟高校出身の作家(旧制なので残念ながら先輩ではないです)。エッセイの名手です。大学院時代にブラウン管テレビの故障に地デジ化と貧乏が重なり、ラジオ生活をしていたときお世話になりました。これはかないません。そろそろ終わりにしましょう。

佐野 哲也 准教授

専門は森林科学。植物と土壌を中心とした森林の生態学と木質バイオマスのエネルギー利用に関する分野について研究しています。

佐野研究室

佐野研究室では、バイオマス発電施設から排出される灰や炭を林地土壌に還元した時の生態影響について調べています。これに関連して、灰や炭を還元する場所の候補として、木材生産の観点からみて条件の悪い土壌に着目し、その化学的性質や出現パターンについて調べています。また、津波被災地に造成された森林のモニタリング調査を継続して行っています。

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