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問わず語りのフィンランドデザイン研究話

VOL.046 下總 良則(産業デザイン学科)

このコップ、なんでこんなに美しいんだろう?夜中にそのコップでお茶を飲んでいる時に、ふと、目に付いたコップの美。こう言っては失礼ですが、一見普通の何の変哲もないただのコップ。iittalaとシールが貼られたそのコップは、後から調べてみると、カルティオという名前であることが分かりました。カルティオとは、フィンランド語で円錐形を意味します。コップの形そのものが商品名ですが、デザイン界の巨匠、カイ・フランクさんがデザインしたコップがそれでした。

なぜ無色透明のカルティオグラスが美しいのだろうか。その時に気づいたのは、ガラスの透明度の高さでした。他のコップとは違ってガラスの色が暖色系で、コップの底のガラスの厚みがその透明度を際立たせているのだと気づきました。

フィンランドというと、私が真っ先に連想したのは森と湖の国、北極圏に近い北欧の国、ということ。事実、フィンランドは国土全体の70%を森林、20%を湖が占め、残りの10%に人が住む国で、森と湖の国という響きから、湖の水の透明度の高さや空気の綺麗さ、そして、長い年月をかけて生まれた氷河の氷の透明度を連想しました。

もしかしたらこのコップは、そんなフィンランドの自然、風土、文化を表現しているのではないだろうか。そう考えたら、それを確かめたくなってしまって、フィンランドの首都ヘルシンキ、アラビア地域にあるiittalaの工場まで尋ねに行ったことがありました。
「そんなことを感じたのだけれど、本当のところはどうなんですか?」と尋ねると、広報担当の方がまさにその通りと答えてくれて、もうひとつ、iittalaでは新商品を世に出す際、50年前のiittala製品の隣に置いて違和感がないことを基準にしている、と教えてくれました。時間の流れで古くならないことが条件だと言い、iittalaではそれを「timeless designであること」と言うとのことでした。

話題をカルティオグラスの美に戻しましょう。iittalaの無色透明ガラスがなぜ暖色系且つ透明度が高いのか。その理由は、ガラスの作り方にあります。通常、コップに使われるガラスはクリスタルガラスと言って、鉛が混ざっています。何故かというと、鉛を混ぜるとつまりは金属成分が反射を起こして光を感じられる様になります。その代わりに、ガラス以外の成分、ある意味で不純物が入っているので、もろく割れやすくなってしまいます。
対してiittalaの透明ガラスは鉛を入れていない純ガラス。これが、一般的に青みを感じる透明ガラスではない、オーガニックな温かみを感じる要因です。そして、鉛を入れずしてガラスの高い透明度を出すのは、入手する素材の善し悪しが影響します。恐らく、iittalaで使われるガラスの採取地域の素材そのものが良質なのだと思われます。

そんなことを調べると、iittalaにとってフィンランドの自然や文化、風土がいかに大切な概念なのかを伺い知ることができました。

ところでこのカルティオグラス、現在は金型を使った大量生産品ですが、その原型になったのは、トイヴェという名のマウスブローの極薄コップ。こちらは、今はもう存在しないヌータヤルヴィ社から発表されています。カルティオが円錐形を意味するならば、はて、トイヴェは何を意味するのだろうかと調べてみると、「希望」との意味。そこでまた更なる疑問が生まれました。なぜにこのコップは希望シリーズなのでしょうか。


カイ・フランクさんの記録は、作品の写真などは見かけることがあるものの、残念ながら詳細なものがあまり残っていません。それゆえ、ここからはややシモウサ個人の妄想も入りながら書かせていただきたいと思います。

フィンランドという国は、建国されてからの歴史がまだ浅く、第一次世界大戦中の1917年に独立し、1944年に第二次世界大戦で敗戦国となっています。当時、フィンランド国家全体の3分の1の金額をロシアに戦争賠償金として支払っていることから、戦後、フィンランドは食べて生きるのが精一杯という、貧しい時代を経験しています。
また、違う確度からの話ですが、フィンランドは人口が少なく、国家全体で東京都の約3分の1ほど。首都ヘルシンキの人口も仙台市のおよそ6割ほどで、言い換えると、マーケット規模が小さいということが言えます。フィンランドの地元のスーパーに行くと分かりますが、マーケット規模が小さい故、何か商品を買おうと思うと、日本ほど種類が多くなく、商品を選ぶ選択肢が限られます。そもそも、製品を作るメーカーの数も限られます。
そしてここからが妄想ですが、カイ・フランクさんが当時考えたことは、その頃のフィンランド国内に漂う、食べて生きるのが精一杯だった敗戦ムードを、何らか勇気づけることだったのではないでしょうか。

フィンランドへ行くと分かることがもう一つあります。それは、この国のメーカーの商品が、国中の至るところまで浸透しているということ。首都ヘルシンキの街の中に居ても、スカンジナビアの一般家庭にお伺いしても、フィスカル村、イッタラ村といった小さな田舎町のレストランに至っても、国の隅々までiittala社製品・ヌータヤルヴィ社製品が使われている姿を見かけます。
国を代表するガラスメーカーから発表された希望シリーズが、フィンランドという国の隅々にまで広がる様子をイメージしてみると、デザインという行為が人の気持ちに寄り添って勇気づけ、国の成り立ちに大きく影響を与えている様子をイメージすることができるのではないでしょうか。(妄想ですけれど、笑)

これらの事に気づいたのが、社会人デザイナーとして働き出して2年目の頃。オフィスファニチャーという、公共製品でありながら美を求められることに難しさを感じ、壁にぶつかっていた頃でした。今、自分の研究室では、デザインがこれまでに培ってきた考え方やノウハウを経営の世界に活かす、「デザイン経営」の研究をしています。ここに至ったエピソードや切っ掛けは他にもいくつかありますが、お会いしたことはないけれど、フィンランドのデザイナーが自分に教えてくれた、デザインが果たせる役割の大きさも、この研究のスタートラインにあるエピソードのひとつになっています。

下總 良則 准教授

研究分野:デザインと経営学を組み合わせた分野、デザイン経営、サービスデザイン、デザイン思考、経営、マーケティング分野

下總研究室

これまでデザインが培ってきた考え方やノウハウが、イノベーションとブランディングに貢献できるとして、経営の分野で注目されています。まだ認知されたばかりのこの分野が当研究室のテーマです。激動する世界で、組織や企業の経営も未知の分野を進んでいますが、ここで、デザインドリブンであることを大切に、社会に貢献できる研究に取り組んでいます。

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