東北工業大学

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眠りを研究しています

VOL.022 辛島 彰洋(知能エレクトロニクス学科)

【はじめに】
このエッセイを書いている前日の夜(2016年9月25日)に、NHK BSプレミアムで「限界に挑め!天空の超人たち~激走!日本アルプス2016」という番組が放送されていました。番組では、日本アルプスを縦断するというルートで、日本海(富山)から太平洋(静岡)まで自分の足で移動するレース「Trans Japan Alps Race」が紹介されていました。一般的な登山者が30日以上かかる道のりをわずか5~8日で踏破する超人!たちが参加するレースです。選手たちは、一分でも一秒でも早くゴールにたどり着くため、睡眠時間を削って夜中も歩き続けていました。スタートから約1週間が過ぎてゴールに近づいた頃には、立ったままウトウトしている選手が何人も映っていました。この選手たちのように、眠る意思が全くないにもかかわらず眠ってしまったということを皆さんも経験されたことがありませんか。

【眠気とは?】
この眠気の正体は何なのか?この問いに答えるために研究を続けている研究者(睡眠研究者)が日本にも世界にもたくさんいます。私もその一人です。これまでの50年以上にわたる先人たちの研究により眠気(睡眠)について多くのことが分かってきました。簡潔に述べますと眠気の実体は、脳にたまる疲労物質と考えられています。この脳の疲労物質のことを我々は睡眠物質と呼んでいます。覚醒してきる時、勉強や運動など脳をたくさん使うと脳に睡眠物質がたまり、脳が活動しにくい状態、言い換えると眠気が強い状態となります。一方、睡眠をとって睡眠物質が減ると脳は再び活動しやすい状態へと戻ります。したがって、はじめに紹介した立ったまま眠ってしまった選手たちは、睡眠不足により脳に大量の睡眠物質がたまっていたと考えられ、そのため脳活動が低下して意思とは関係なく眠ってしまったと考えられます。

【睡眠の役割とは?】
なぜそこまでして睡眠をとらなければいけないのか?という問いにも多くの睡眠研究者が興味をもっていますが、その全容は未だ解明されていません。皆さんの中には、「なぜ眠るのか。簡単に答えられるよ。体を休めるためじゃないの?」と考えた方もいらっしゃると思います。確かに、体をたくさん動かして“くたくた”になった日は、早く眠くなって、夜はぐっすり眠れます。したがって、睡眠の役割は体を休めることというのは正解の一つと言えるでしょう。しかし、それ以外にも睡眠にはたくさんの役割があると考えられています。最近特に注目されているのは、「脳を健康に保つ働き」です。ここでは詳しくは紹介しませんが、①神経細胞が覚醒時に活動することによって生じた老廃物を睡眠時に脳の外に洗い流していること、②神経回路を正常に保つことにも睡眠が重要な役割を果たしていること、③睡眠中には不必要な記憶が消去されたり重要な記憶がより強固な記憶に変換されたりしていることなど、睡眠と脳の関係についてさまざまなことが分かってきました。

 

哺乳類の睡眠。八木山動物公園(ゴリラ・サイ・ライオン・カバ)、盛岡市動物公園(タヌキ・イノシシ・ツキノワグマ)および自宅(乳児)で筆者が撮影しました。草食動物に比べて肉食動物は睡眠時間が長いことが知られていています。子供と何度も動物園に通っていますが、象やシマウマなどの草食動物が眠っている姿を見たことはほとんどありません。皆さんはご覧になられたことはありますか?

 

【よく眠るために】
はじめに紹介したのは眠りたくないのに眠ってしまった人でしたが、反対に眠りたいのに眠れないという人も世の中にたくさんいます。この人たちのために厚生労働省研究班から良い睡眠をとるための方法として「よい睡眠のための12箇条」が発表されました。12箇条のうち、特に私が紹介したい条文は、「睡眠時間は人それぞれ、日中の眠気で困らなければ十分」です。必要な睡眠時間には個人差があることが知られていて、年齢によっても差があります。必要な睡眠時間を正確に知ることはかなり難しいのですが、普段昼間に眠気が強くないのならばおそらく睡眠時間は十分と考えていいですよと解釈できます。これに関連した「眠りの浅い時には、むしろ積極的に遅寝、早起きに」という条文も私は重要と考えています。なかなか寝付けない場合や夜間に何度も覚醒してしまうなど睡眠が浅いと感じる場合は、睡眠が十分足りている場合も多いので、睡眠時間を短くしてみませんかという提案です。

【エレクトロニクスと睡眠】
私は、東北工業大学工学部の「知能エレクトロニクス学科」で睡眠を研究しています。「なぜ工学部の知能エレクトロクス学科で睡眠を研究しているの?」ということをよく聞かれますので、これに関連した話題を最後に紹介いたします。睡眠実験において最も重要な生体信号は脳波です。脳波は、脳から漏れ出てきた非常に小さな信号で、その大きさは電池(1.5V)の約10,000分の1です。記録するためには電圧を約10,000倍大きくする必要があるため、生体信号増幅器(アンプ)が用いられます。増幅器には50年前には真空管アンプが使われていましたが、雑音が大きく電源を入れてから正常に動作するまで時間がかかってしまうなど使いにくい装置だったそうです。後に半導体トランジスタが開発され、増幅器の性能は格段に向上し、より手軽に脳波を測れるようになりました。つまり、「エレクトロニクス(電子工学)」の発展が睡眠研究の進歩に必要不可欠なものだったと言えます。私も電子工学の分野から睡眠研究の発展に貢献できるような研究者になりたいと考えています。

 

 

辛島 彰洋 講師

工学部情報工学科を卒業しましたが、大学院生のときに快・不快といった情動を司る脳の仕組みに興味をもち神経科学(脳)の研究を始めました。現在は脳の研究の中でも特に睡眠(意識)に関する研究を行っています。

辛島研究室

10月に3年生9名が加わって、研究室のメンバーは(私も含めて)16名となります!写真は今年の3月に行われた研究室卒業記念パーティで写されたものです。フランスから帰国直後の水野先生にもご参加いただき、大変盛り上がりました!

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