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※教員の所属・役職及び学生の学部・学科・学年は取材当時のものです。

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つなぐ

VOL.021 宮曽根 美香(経営コミュニケーション学科)

私は経営コミュニケーション学科でコミュニケーション科目を教えています。この学科に移籍するまでは教養教育科目を教えていました。新学科では自分の専門に加え異分野の学問を研究・指導することに追われてきました。ようやく馴染んできた頃、経営コミュニケーション学に関わる「つなぐ」を意識するようになりました。今回は私を取り巻く「つなぐ」について書きたいと思います。

私には上京するたびに足を運んでしまう場所があります。吉祥寺のハーモニカ横丁です。吉祥寺は私が学生時代に友人と遊びや買い物を楽しみ、ワンダーフォーゲル部の仲間と飲んだ、青春のまちです。吉祥寺の中でも私が惹かれるのはハーモニカ横丁です。ハーモニカ横丁は小さな店が密集していますが、通りに囲まれて外部に面しているため空への視線が保たれて、多少の自然光もあります。一種の抜け感があってそれほど窮屈な感じがしません。

ハーモニカ横丁にある店舗約100軒のうち毎年平均15軒は変わるそうです。変化しながら横丁のDNAのようなものは残され、常に人がたくさん集まって来ます。国籍を問わず人びとが飲んだり食べたり話したりするのは、私も含めてそこに居心地の良さを感じているからなのでしょう。ハーモニカ横丁では建物やモノとしては定着しない、人々の行いの中にある空間性を大事にしているのかもしれません。

横丁を「サード・プレイス」ととらえる社会学者もいます。Oldenburg (2000) によれば、第一の生活の場ファースト・プレイスは家庭、第二の生活の場セカンド・プレイスは職場、心のよりどころとして集う場所がサード・プレイスだそうです。サード・プレイスはより創造的な交流が生まれる場として、現代社会においての重要性が指摘されています。横丁の小さなお店ではパーソナルスペースが小さくなり、会話が弾む可能性があります。仙台の街ではどのような横丁文化が育っているのか、狭義でも広義でも異文化交流ができる仕掛けがあればいいな、などとぼんやり考えながらハーモニカ横丁を歩きます。

ハーモニカ横丁

今日日本人の間で集いの時間を持とうとする傾向があると言われます (吉津, 2016)。料理を軸として時間を共有したり、共通の趣味を通して集いの時間を設けるシェアハウスやパブリックスペース、住み開き等への関心は、近年若い世代を中心として広がってきているようです。そのような傾向は東京に限定されたものではなく、東日本大震災後の東北においても見られます。私の研究室は「現代社会におけるコミュニケーション研究室」です。学生の卒論には、上記と関連して、シェアリングエコノミーの中でシェアハウスに焦点を当てたものや、すずめ踊りが震災後のコミュニティの活性化に果たす効果等を研究したものもあります。それぞれの問題意識を踏まえ、人と人との関係の築き方、コミュニケーションのあり方を検討したものです。まさに人びとの幸福を目指す経営コミュニケーション学の卒業研究と言えます。

2015年度卒業生たちと

人と人とをつなぐ横丁、人びとをつなぎ複数領域の学問をつなぐ経営コミュニケーション学について述べてきました。もう一つの「つなぐ」は「選択」についての知見です。私はセミナーで学生たちと『選択の科学』(シーナ・アイエンガー著) を輪読しています。引用された「人生とはすべての選択が積み重なったもの」というカミュの言葉は深く、これまでの自分の選択を振り返り複雑な気持ちになりました。それはさておき、ビジネスでは「選択」に関する理論と実践がリアルにつながっていることを実感しました。例えば、著者が行った「ジャムの研究」では、ジャムの種類が多いほど売り上げは増えると仮定したのですが、売り上げは下がりました。結果は、豊富な選択肢は必ずしも利益に結びつかず、選択肢が多いと満足度や充足度、幸福度は低くなるということを示しました。この知見はその後P&Gやマッキンゼーといった多くのビジネス現場で応用されています。選択肢の数を増やすことよりも選択肢の質を高めてしぼりこむことが大切であるという示唆は、私が選択される側に立つ際にも生かされています。

ジャムの選択

私に関わる最後の「つなぐ」はヨーガです。経営コミュニケーション学科では、「身体表現研究」という授業でヨーガのレッスンがあります 。私はハタヨガのインストラクターとして、ヨーガ指導を担当しています。学生たちは呼吸をしながらポーズをとり、自分の体に何が起きているかを内観する個体内コミュニケーションを行います。同時に、一緒にヨーガの時間を共有する他の人たちのことも感じます。マットの上で寝転んだり丁寧に呼吸をすると心の緊張もほぐれるようで、普段は静かな学生が自分から話したりする姿も見られます。ヨーガの授業は、自分が置かれた流れに抵抗せず一つひとつの体験を味わうことで心が穏やかでいられることも目標としています。学生たちが日々のストレスや就職活動の荒波にも負けないしなやかさを持てるようになればと願っています。ヨーガの語源はサンスクリット語のyugユジュで、つなぐという意味です。ヨーガの授業を通し、学生も私も自分の心と体、自分と他の人たちがつながることを体感しています。

ヨーガの授業

経営コミュニケーション学と関わり、私は異なる領域の人たちやたくさんのこととつながるようになりました。経営コミュニケーション学の懐の深さと可能性を感じつつ、このエッセイを終わります。

宮曽根 美香 教授

国際基督教大学卒。卒業後難民キャンプで働きたいという夢はかなわずデュポン株式会社に入社、実験資料の翻訳や特許関係の仕事等に携わる。その後ニューヨーク大学大学院でTESOLを専攻。帰国後東北工業大学に勤務。博士 (教育学) (東北大学)。主な研究分野は日本人の英語の音韻認識と音韻符号化の関係、レトリックコミュニケーション。一方で経営コミュニケーション学科の金井先生、二瀬先生と幸福についての研究を行う。

宮曽根研究室

対人コミュニケーション、ビジネスコミュニケーション、異文化コミュニケーションのいずれかをベースにした研究を行う。具体的には、家族間コミュニケーション、若者言葉、SNSによるコミュニケーション、地域コミュニティにおけるコミュニケーション等日常的な人的コミュニケーション、説得性、意思決定、コーポレート・アイデンティティに関する戦略等組織体が関わるコミュニケーション、おもてなしと日本人のコミュニケーション、食の流行とコミュニケーション等文化および経営と関連するコミュニケーションについて検討してきた。

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