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※教員の所属・役職及び学生の学部・学科・学年は取材当時のものです。

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一くばり、二はたらき

VOL.015 田村 英樹(情報通信工学科)

勉強でも仕事でも、最後は結果が大事です。いくら努力しようがダメなものはダメで、この言い訳をしていても仕方がありません。また、その結果を出すためには必ず準備が必要です。やりたい事の本体がすぐに出来れば楽なのですが、大概は準備の方に時間が掛かります。努力が報われて結果が出る、更には効率的に結果を出すために、それまでの蓄積と事前の見通し、必要になる物や人の手配など、いわゆる「段取り八割」が大事であると、特にその動きが見えやすい製造現場などではスローガンが掲げられている所も多いでしょう。

 

例えば、当研究室では超音波モータの開発研究もしていますが、解析・設計した素子を試作して展示会などでデモンストレーションが出来るまでにどのくらいの事をしたでしょう。

コンピュータでFEM解析を用いて設計した振動子、これを組み込んだ超音波モータのデモ用サンプル。

 

解析好きならばシミュレーション設計が終わればそこで満足かも知れませんが、やはり実験系講座ですので現物を試作評価しなくては話になりません。

振動子試作のため、金属プレート部を削りだしたところ

 

振動子試作のため、圧電板と金属板を貼り付けるときにずれないようにする“治具”

また、部品だけを作るだけでは足りず、部品を加工したり組み立てを補助したりするための治具も合わせて設計製作が必要です。最終的に目に触れられる試作品そのもの以外にたくさんの関連部品が必要です。

生産技術に通じる様々な工夫の余地がありこれが最終素子の特性に効いてきますし、同じ性能ならば如何に安く早く作れるかを考え競うのは生産工学の醍醐味でしょう。物作り大好きならばこの辺は汗と油にまみれつつとても楽しいのですが、研究発表などで特に述べるような事は少ないですし、とにかく成果を必要とする大学院生などにとっては素材や工具などの調達ならびに加工などスケジュールの管理を間違うと大変なことになります。

 

素子が出来たならば次は評価になります。基本電気特性などは一般的な計測器を使えば事足りますが、総合特性評価のためには計測・制御系も自前で作ることが多いです。

超音波モータは電気と機械双方の特性が必要ですので、回路ならびに機械特性を評価する装置も設計します。素子や治具もそうですが一般にCAD(Computer-Aided Design)を使って設計します。文字通りコンピュータは大いに支援してくれますが、当然ながら現状では設計者のセンスが問われるところです。とはいえ10年後くらいに、ディープラーニングを経た全コンピュータ設計に対して人間の設計者はちゃんと勝てているのだろうか、などと最近は思うところもあります。

計測装置の設計CAD図例と、制作した装置の一部

さて、最近流行の「ビッグ・データ」という程の事はありませんが、計測・制御器の性能が向上したこともあり、電圧電流ならびに諸機械特性など多数の情報を時刻歴で大量に取り込んで分析する事も多くなりました。その場合には昔ながらの鉛筆とノートでは対応出来ませんので、その為のコントローラのプログラムも作ります。システム設計やプログラム好きならば、きっと何晩も徹夜して作り上げる楽しい(?)時間のはずです。

以前はC系言語なども使っていましたが最近はLabVIEWという計測制御に適したプログラミング系を用いるようになり、段取り(基礎モジュール作成等)を減らしてやりたいことをすぐにやりやすくなっています。面倒くさいことをしたから偉いという訳ではありませんから、効率を大幅に改善するツールの進化には素直に感謝しています。もちろん、その中で研究室資産となる固有モジュールの蓄積もまた将来に向けた段取りの一つではあります。

計測システムの一例・概観

 

大分はしょりましたが、その他にも回路の基板化などを行い、テストを経てようやく外に持ち出してデモンストレーションが出来ます。これらは、これが終わったら次にあれを、と行うのではなく、ある程度先を見通して並行的に計画を立てて進める必要があります。

 

仕事内容によっては以上のような流れにおいて専門領域に特化して分業することもあるでしょうが、前後の行程を分かっているのといないのでは、コストや総合性能に違いが生じるでしょう。少なくとも前後行程の担当者の仕事を理解しているのは良好なコミュニケーション成立の基本と言えます。プロフェッショナルとして裾野を拡げるという事にもなりますね。

 

さて、このような具体的なプロジェクトに参加すると準備の重要さは当たり前に思える事ですが、大学生の皆さんが現在やっている勉強というのは実は将来関わるかも知れない多くのプロジェクト類の準備をしていることになります。

表題の写真にあるテキスト類は、私が学生-会社員-大学教員の過程で集めてお世話になってきた回路関係の専門書のごく一部ですが、恥ずかしながら泥縄的に勉強したことは多数あり、学生時代にもっと勉強しておけばと思ったことは多々あります。ただし幸いにも、そういった準備の大切さを知り、貧乏な時期であっても食費を削ってでも必要そうな資料等を蓄積しておくなど最低限の準備はしていたこと、その時々にご教授を頂ける方がいたことで何とかここまでやってこられました。もっとも、更に準備が出来ていたならば時間や品質はもっと改善できただろうと思います。

プロジェクトにはイレギュラーがつきものですが、余裕を持ってしっかりと準備をしておけば恐らく何とかなりますし、従って仕事を完遂するための経験則としても段取り八割と言われます。このことを私が学生時代、所属研究室に伝わる言葉では「一くばり、二はたらき」として教わりました。まずは段取りを十分に組む(大体はデータ取りと合わせての並行作業になるのですが)。準備も無しに適当に仕事に当たったところでまともな成果はそうそう出ないでしょうし、出たとしてもそのような偶然に頼る方法を良しとはしないわけです。またこれは、先々を見据えて世の中から必要とされることをやりなさいと言う意もあるでしょう。

 

ところで私は少年時代にはボーイスカウトをしていましたが、スカウトのモットーは「そなえよつねに」であり、これもいざというときのために心技体の準備をしておけと言うことで、何事も基本は同じかと思います。

 

そして何かソリューションを求められたとき、先を見越したエンジニアであれば恐らくこう言って解決案を示したい人もいるのではないでしょうか。

 

「こんなこともあろうかと」

 

 

田村 英樹 准教授

山形大学大学院理工学研究科修了。スタートアップ企業勤務で組込み機器開発等に携わる。その後に本学のハイテクリサーチセンター研究員、山形大学工学部助教を経て、2010年度より現職。
 担当科目は電子回路I及び同演習、電子回路II、情報通信工学実験Iほか。

田村研究室

金属やセラミックスなどの固体の共振振動を用いたデバイス、例えば振動ジャイロセンサや超音波モータの研究開発を行っています。
 コンピュータによる有限要素法を用いて構造解析・設計を行い、試作した素子の評価実験の結果から更に性能向上を目指します。研究室の学生さんは解析補助ツールや評価装置、回路なども作ります。学際領域と言う事で、広い視点と技能を身につけて頂きたいと願っております。

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