
地震による土砂災害の現地調査は命懸け(正常性バイアス)
VOL.014 千葉 則行(都市マネジメント学科)
都市マネジメント学科の千葉則行です。私の担当科目は「地盤地質学」等ですが、講義では「まち」を取り巻く様々な地盤環境を地質・地形学の面から解説しています。また研究室では「自然災害(土砂災害)に強いまちづくり」を主なテーマとした調査・研究活動をしています。
本学に助手として採用されてからもう40年も経ちました。本来私は土木工学科を卒業したのですが、卒業論文の指導をして頂いた恩師が構造地質学の専門家で、その応用として土砂災害を研究されていたので、その影響を強く受けました。これまで、具体的には地球科学(地質・地形)の知見を応用し、地すべり、崖崩れ、土石流などの土砂災害の発生メカニズムについて、東北地方のいろんな被災地の現地調査を中心に駆け巡ってきました。最近は、新潟県中越地震以降、急に目立ち始めた”地震による”地すべり(地すべり:すべり面が緩い傾斜で、土塊の乱れが少なく原形を保って滑り下る現象をいう)に注目して調査研究を行っています。

地震による地すべりで破壊した道路

地震によって発生した地すべりと現地調査の様子
地震による土砂災害は、兵庫県南部地震(阪神大震災1995年)以降、宮城県北部地震(2003年)、新潟県中越地震(2004年)、福岡県西方沖地震(2005年)、能登半島地震・新潟県中越沖地震(2007年)、岩手・宮城内陸地震(2008年)、東北地方太平洋地震(東日本大震災2011年)、そして今年(2016年)発生した熊本地震などで、立て続けに土砂災害が発生しました。
従来、地すべり研究者の間では、地震による地すべりの事例が少ないために研究報告件数も少なく、また緩い斜面上で発生するような地すべりはむしろ起こりにくいとされてきました。ところが新潟県中越地震、そして岩手・宮城内陸地震では大規模な地すべり災害が随所に発生し、これまでの常識が大きく覆されました。その中でも特筆すべきは、岩手・宮城内陸地震時に栗駒山麓(宮城県側)のところに荒砥沢地すべりが発生したことが挙げられます。戦後国内最大級の規模とも言われ、全長約1.3㎞、幅約900m、すべり面の深さ約250m、そして地表部に現れた崖の高さが最大150mという、とてつもなく巨大な地すべりでした。当然のことながら、出現した崖ははるか見上げる高さ(ビルの高さに例えると、約50階に相当)で、とても近づける様相ではなく、さすがに長年この類の調査の経験を持つ私でさえ足がすくむ思いがしました。崖上に立っている20~30mの杉の木も爪楊枝にしか見えないのです。

2011年岩手・宮城内陸地震で発生した巨大地すべり(宮城県栗原市荒砥地区)

巨大地すべり地内での現地調査の様子(丸印のところが私です)
しかし、地質屋の宿命ともいうべきか、どうしても崖面に露出する地層を間近で見なければならないのです。岩手・宮城内陸地震では、この荒砥沢地区だけではなく、栗駒山の東麓斜面上のあちこちで険しい崖面をつくった土砂災害が発生しました。栗駒山の東麓斜面は火山活動によって噴出した軽石溶結凝灰岩という地層が厚く堆積し、それが土砂災害によって削れたため、より険しく切り立った崖となったのです。調査開始の当初は現地に行くのがとても怖く感じて、朝がとても憂鬱でした。そんな毎日が続きましたが、しばらく経つと、調査の仲間達も一緒ということもあり、段々と慣れていく自分がいました。そのうち、落石があってもひょいっと避けられそうな、しかも自分には決してそういう被災には遭わないなどと、いかにも不死身なスーパーマン気取りの勝手な妄想が湧いてくるのです。ということで、その後の調査活動は大胆なものとなりました。今さらながらとんでもないことをしていたんだなと冷や汗ものです。

2011年岩手・宮城内陸地震で発生した大規模地すべり(宮城県栗原市日影森地区)

地すべり地内での現地調査の様子(丸印のところが私と研究仲間の人たちです)
最近、災害時の心理状態をうんぬんするネット上の記事で「正常性バイアス」という用語が飛び交っているのを知りました。この心理状態の意味するところは、人間は予期しない何か危険な出来事があると、極端にパニックにならないようにある程度までは平常時の範囲として捉えようとする心のメカニズムなのだそうです。私の場合を振り返ると、これまで幾多の被災地を渡り歩いた経験から、少々のことではパニックにならない心理状態を持っていたものの(平常時の範囲内)、荒砥沢地すべりはあまりにも想像を絶する大規模なものであったために恐れをなしたといえます(平常時の範囲外)。しかし、何度か現場に赴くうちに慣れてきて、目の前に見えるものが平常時の範囲内に捉えてくるようになり、自分だけは危険な目には遭わないという勝手な妄想で調査を続けられてきたんだと思います。自然災害をもたらす地震や、台風、豪雨などの現象は、もともと地球上で太古から営々と営まれてきた自然現象です。その空間的、時間的スケールは計り知れないものがあります。それを少しでも解明しようとする努力(調査)は自然そのものを理解する上で極めて重要だといえます。それには勝手な妄想をもって果敢に壮大な自然に挑戦することは不可欠です。人々が安全にかつ安心して快適に暮らせることを願って、また今年も調査に出かけようと思っているところです。

千葉則行 教授
地盤地質学 地盤防災工学 土木地質学

千葉研究室
地形と地質の特徴を読み取ることで、土砂災害の危険因子を探り、安全・安心な生活をいかに守ることかを学びます。研究調査は数万年前に遡る考察もあり、時空ともに壮大なスケールの研究テーマになることもあります。本文に書いてあるような危険な箇所の調査の場合、学生は近くで待機してもらっていますのでご安心下さい(念のために)。