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終戦後の開戦 -占守島の戦いと指揮官-

VOL.007 木戸 博(情報通信工学科)

正月休みから,浅田次郎の小説「終わらざる夏」を読み返しています.実際に起きた占守島での戦いをモチーフにした上下巻900ページに及ぶ大作です.5年ほど前に読んだときは周辺知識が不足していて,ところどころ理解できない箇所があり,消化不良の感が残りました.その後,複数の関連するノンフィクションを読み,戦いの背景なども理解できるようになったので,あらためて読み直しを始めました.おそらく,私同様,多くの方々が占守島の戦いをご存じないと思いますので,今回,簡単に紹介させて頂きます.

占守島(しゅむしゅとう)の戦いは,昭和20年8月17日23時頃,日本の第5方面軍が守る占守島にソ連軍が奇襲上陸することから始まります.戦争が終わった後に火蓋が切られた戦いです.終戦に乗じて火事場泥棒のように日本の領土を奪わんと国境の島に攻め入ってきたソ連軍を日本軍が迎え撃った防衛戦です.占守島と言われても,どこにあるか知っている人は皆無に近いと思うので,以下に地図を掲載します.

地図

この小さな島での戦いは,日本の圧倒的な優勢で推移しましたが,停戦協定を締結するに至り,8月23日に日本軍は武装解除となりました.その後,戦った将兵はシベリアへ抑留され,3年以上におよぶ過酷な労働を強いられ,多くの命が失われました(このような卑劣な行為を受けても,日本人はすぐに忘れてしまいます・・・).

占守島の戦いは現在の北方領土問題につながっています.この戦いで日本が負けていたならば,その勢いでソ連は北海道まで侵攻していたでしょう.下手をすれば,日本はドイツのような分断国家となって,仙台は北日本共和国の首都になっていたかもしれません.

この重要な戦いに勝つことができたのは,日本に優秀な指揮官がいたからです.樋口季一郎中将と池田末男大佐(戦死後,少将)です.

第5方面軍司令官の樋口中将は,陸軍きってのロシア通と言われ,情報に基づいた合理的かつ冷静な考えができる将でした.杉原千畝と同様,多くのユダヤ人を救った人道主義者です(マスコミは軍人を取り上げないので,杉原千畝ほど有名ではありません).ソ連が攻めてきたとき,他の指揮官なら武装解除の特使であると思い込み,泥縄の対応になったことでしょう.しかし,樋口中将はソ連ならこの機に乗じて攻めてきてもおかしくないと考え,戦闘開始を即断したのです.樋口中将の素早い的確な判断によって,日本は分断を免れたと言っても過言ではありません.

樋口中将の命を受け,主力として最前線で奮闘したのが,「士魂部隊」と呼ばれた戦車第11連隊です(「十一」から「士」).アリューシャン経由で来襲が予想されたアメリカ軍に備え,陸軍の精鋭が集められていました.率いるのは「戦車隊の神様」と呼ばれた池田大佐です.戦争が終わったのですから,隊員たちは故郷に帰るのを楽しみにしていました.その中,池田大佐は出撃に際し,「赤穂浪士となって恥を忍んでも将来に仇を報ぜんとするか,あるいは白虎隊となり,玉砕をもって民族の防波堤となり後世の歴史に問わんとするか」と部下たちに問いました.「赤穂浪士たらんとする者は一歩前に出よ.白虎隊たらんとするものは手をあげよ」と呼びかけたところ,全員諸手を挙げて「おう」と応えたそうです.家族と再会する夢をおいて,「防波堤」になるため,全員が玉砕を決意しました.池田大佐は涙ぐみながら,「ありがとう,連隊はこれより全軍をあげて敵を水際に殲滅する」と出撃命令を下したと伝わっています.池田大佐は隊長車に乗り込み,先陣を切りました.まさしく指揮官先頭です.

戦車第11連隊に配備されている主力はチハ車と呼ばれる97式中戦車でした(チは中戦車,ハは3番目の型を意味します.97式とは皇紀2597年制定,つまり,昭和12年型の戦車ということです).このチハ車は残念ながら強力とは言えない戦車でした.装甲は最厚でも25mmしかありません.装甲の薄い箇所だと,歩兵の銃でも射貫かれるほど脆弱でした.非力な戦車を強靱な精神で操って,池田大佐はソ連軍を撃退したのです.しかし,池田大佐は戻ってきませんでした.停戦後に見つかった焼けた隊長車の中で,壁面にもたれた状態で立ち姿のまま亡くなっていたそうです.

左:チハ車   右:主砲を強力にしたチハ車改(隊長車と同型)

この先人たちの戦いに接して,私は某官庁に就職した際,旧陸軍中野学校の跡地にあった「研修センター」で受けた訓育を思い出しました.「可能な限り多くの情報を集め,的確な判断をしなければならない.先入観や思いつきで動いてはいけない」「指揮官たるもの普段は昼行灯で構わないが,いざというときには全責任を負って,陣頭に立って戦う気概を持たねばならない.肝心なときに決断できない指揮官などいらない.責任を部下や周りに押し付ける恥だけは絶対にさらしてはいけない」などなど.襟を正さねばなりません.

現在,北海道に配備されている陸上自衛隊の第11戦車大隊は伝統を継承し,「士魂戦車大隊」と称しています.

陸上自衛隊第11戦車大隊の90式戦車(世界でもトップクラスの強力な戦車)

木戸 博 教授

音響分析,聴取印象,法工学

木戸 博研究室

音声の聴取印象に関する研究

犯罪捜査で行われる声紋鑑定は,現状では録音された場合にのみ可能です.しかし,録音されなかった場合でも,犯人の声を聞いた人がいた場合,声の記憶にとても重要な情報が含まれている可能性があります.この情報(耳撃証言)は事件を解決する糸口になるかもしれません.耳撃証言によって得られる情報を法科学(法律的に重要な事実関係の研究・解釈・鑑定をなす科学,犯罪科学)の分野に活用する研究を進めています.

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