
猫先生
VOL.092 古川 哲哉(産業デザイン学科)
猫を飼っています。はじめて飼ったのは大学生の頃で、友人のお兄さんの家に出入りしている野良猫が家の中で子供を産んで(!)困っているので、欲しい人がいたら差し上げますということで、キジトラの子猫をもらってきました。30年ほど前の話で、当時はまだ猫を家の中だけではなく外にも出して飼っていたので、よくケガをして帰ってくる野生味あふれる猫でした。一方である時は、近所の同級生のお母様に別の名前をつけていただき、ご飯まで食べさせてもらって可愛がられているのを知り、驚いたりもしました。
現在は3代目になる猫と暮らしています。何匹か飼うと、猫も性格によって全然違うことが分かりました。3代目の猫の名前は「健」ちゃんで、健康が大事よねということで名付けました。漢字の名前をつけたものの、動物病院の診察券では「ケンちゃん」とカタカナで書かれるので、もしかすると猫の名前の漢字表記は一般的ではないのかもしれません。ケンちゃんは現在1歳5ヶ月ですが、7.2kgのビッグキャットです。性格は超フレンドリーで、毎日玄関で出迎えてくれますし、一緒にいる時は必ず近くに陣取ってゴロゴロしています。お客さんが来ると玄関まで必ず出迎えにきますし、玄関が開いていても外に逃げたりはしません。あまり鳴かないですが、鳴く時は「キュー」とか「キュルル」とか小さな声で、とてもキュートです。
そんな猫ですが、一緒に過ごせば過ごすほど奥が深く、他の人に上手に説明することが難しいなといつも思います。一般的な猫のイメージと、一緒に過ごして感じているイメージがあまりにも一致しないように感じています。初代猫が外で別の名前とご飯をもらっていたように、実際は全く別の存在に見えているのではと思ったりもします。

猫先生は長毛種なのでタフト(足裏の毛)が立派です。
ちょっとめんどくさいかもしれませんが、フェルディナン・ド・ソシュールらが定義した言語学や記号論・哲学の用語に、「シニフィアン」「シニフィエ」「シーニュ」「レフェラン」という概念があります。「シニフィアン」は音や文字などの記号で、「シニフィエ」は頭の中に浮かぶ概念やイメージのことを指します。例えば「猫」という文字や”neko”という音はシニフィアンで、記号です。一方で、猫という文字を見たり、その音を聞いたりした時に想像する「フレンドリーなモフモフの小さな生き物」や「ツンデレのホカホカの生き物」などはシニフィエで、頭に浮かぶイメージです。シニフィエは時代とともに常に変化しているので、今の時代だとツンデレで理解できますが、100年ほど前のソシュールの時代ではまったく理解不能なイメージかもしれません。シニフィアンとシニフィエは一体となっており、その対のことを「シーニュ」と言います。
シニフィアンとシニフィエの関係には必然性がなく、「猫」という文字や”neko”という音は日本語の言語体系の中でしか理解されません。もしシニフィアンとシニフィエの関係に必然性があれば、全ての言語体系で「猫」や”neko”でなければおかしいことになってしまいますが、実際は各言語ごとに異なっています。では、言葉からイメージされるシニフィエは誰もが共通かというと、例えば猫を可愛いと思っていればそういったイメージを持つでしょうし、引っ掻かれた経験のある人には怖いイメージかもしれません。野良猫のイメージや家飼いのイメージなど、頭に浮かぶイメージも誰もが共通ではないかもしれません。では何が共通かというと、目の前の事象そのものを指す「レフェラン」、つまりシニフィアンが指し示す現実の事物です。ソシュールの概念は言語の構造を分析してつくられたことから「構造主義」とも言われ、ソシュールは構造主義の起源とされています。
猫についてうまく説明できないのは、ソシュールの概念に基づくと、レフェランである猫そのものはひとつでも、そこから生まれるシニフィエが多様なためということになります。また、シーニュが同じ言語体系の中でも、学習や経験によって異なるためなのだろうということにもなります。みんな同じ言葉を使っているようで、実際はそうでもなかったりするのかもしれません。だから上手に説明することが難しいですし、思った通りに伝わらないことがあるのかもしれません。
構造主義が全盛だった時代から100年ほどが経って、人間の行動や文化もだいぶ変わったと思います。ぼく自身の猫との暮らしの経験から見ても、30年前は放し飼いが主流でしたが、現在は室内飼い一択に変わり、猫との接し方もだいぶ変わりました。猫ひとつとってもこれほどの変化があるので、さまざまな分野での変化がどれほどのものなのか想像も及びません。そもそも構造主義以降もポスト構造主義など、現在の多様性へと続く考え方や思想が数多くあるので、いま起こっていることや目の前の事象を理解し、考えることの難しさを痛感します。
授業でさまざまな考え方や思想をデザインの視点で学生と一緒に考えたりすることがあります。エッセイと言われてちょっと困ってしまい、試しに猫で(デザインにおいても重要な)構造主義の入り口を考えてみたら、デザインと同じくらい奥が深いと思いました。猫を飼っていると思っているのは飼い主ばかりで、実際は猫に教えられ、手懐けられ、飼い慣らされているので、今日もいそいそと健康でいて欲しいと猫が好きな缶詰を買って帰るのです。

古川 哲哉 教授
グラフィックデザイナーです。1999年から大手印刷会社、百貨店ハウスエージェンシー、個人事務所、広告制作プロダクション、地方印刷会社などを経て、フリーランスになりました。デザインの専門教育を受けていなかったこともあり、フリーランスとして活動しながら東北芸術工科大学大学院に入学し、ビジュアルコミュニケーションデザインを専攻して、デザイン工学の修士号を取得しました。デザイン教育には2009年から従事しています。

ビジュアルコミュニケーションデザイン研究室
視覚伝達デザインに関わる研究室です。特にグラフィックデザインを柱にしています。作品制作を通して試行錯誤を重ねながらデザインの可能性を追求し、社会と向き合うことのできる学生を育てることを目指しています。