
昔の映画、今の私
VOL.090 三浦 直樹(情報通信工学課程)
私の好きな映画の一つは『グーニーズ』です。主人公たちが屋根裏で古びた宝の地図を発見し、仲間と一緒に冒険へと飛び出していく物語で、初めて見た小学生の時は純粋にハラハラしながら夢中になって見ていました。
先日、テレビでその映画が放送されることに気づき、久しぶりに見てみました。そうすると不思議なことに、以前とは違った印象を抱きました。子どもの頃は、海賊の宝を見つけるまでの探検や、ギャングとのやり取りなど冒険活劇の部分が印象に残っていました。しかし今回どうしても気になったのは、主人公たちが古い地図とどう向き合い、その意味をどのように見出していったか、という点でした。
見つけた地図には確かに宝への道筋が描かれていました。しかし彼らが冒険を始めなければ、それはただの骨董品に過ぎませんでした。実際、地図の示す洞窟の入り口を見つけるのに、彼らは古いコインを鍵として使います。地図とコイン、二つの古い手がかりが意味を持ったのは、彼らがそれを手に取り、実際にその場に足を運んだからでした。その後も洞窟へ飛び込み、罠にかかり、道に迷い、仲間と言い争いながら進んでいく中で、地図はその都度、道標となっていきました。地図に描かれた情報は、彼らが実際に冒険をしたことで初めて活きたのです。
「温故知新」という言葉があります。古いものをたずねて新しい知識や道理を発見する、という意味です。ともすれば、過去の知識をよく調べれば新しい発見が得られる、という風に受け取られがちですが、映画の主人公たちを見ているとそれだけではないように思えてきます。彼らにとって地図の発見は、まず冒険へ踏み出すためのきっかけだったのでしょう。その価値は、冒険の中で少しずつ見えてきたのだと思います。大事なのは、古い知識を丁寧に読み解くことだけではなく、知識を携えて実際に動いてみることだったのではないでしょうか。
大学で学生と接していると、同じ言葉でも、経験を重ねることでその意味の受け取り方が変わることに気づきます。研究室の学生が、実験の壁にぶつかり試行錯誤を重ねた後にこんなことを言っていました。「先生が前に言っていたこと、あのときはよくわからなかったんですが、今ならわかる気がします」と。実際に自分が動いてみたことで、言葉の意味が見えてきたのでしょう。意味とは、対象そのものの中に固定されているのではなく、自分の経験と結びついて初めて立ち現れてくるものなのかもしれません。そして意味が経験の中で立ち現れるものだとすれば、それは映画についても同じではないでしょうか。今回『グーニーズ』を見返していて、私はある場面に自然と目を留めていました。
映画の最後、宝を手に入れた子どもたちは家の立ち退きを免れます。冒険活劇として見れば、それは申し分のない大団円です。しかし映画はそこでは終わりません。象徴的に映し出されるのは、沖へと出ていく海賊船の姿です。子どもたちは岸からその船をただ見送ります。しかしその表情には、冒険をやり遂げた達成感とは異なる何かが滲んで見えました。冒険が終わってしまったことへの名残惜しさ、とでも表現すれば良いでしょうか。あらためて振り返ると、子どもたちの冒険には最初から二つの目的がありました。一つは宝を見つけてみんなの家を救うこと。もう一つは、仲間と一緒に最後になるかもしれない冒険をすること。冒険を終えたとき、子どもたちが本当に手に入れたのは家を救う資金ではなく、一緒に飛び込んだという経験そのものだったのではないかと思います。
子どもの頃の私には、そのことがあまり見えていませんでした。ハラハラするシーンに夢中で、海賊船を見送る子どもたちの表情の意味を、深く考えることはしていなかったと思います。大人になった今それが見えたのは、自分自身にも「あの頃の仲間」や「忘れられない経験」と呼べるものが積み重なってきたからでしょう。古い映画が変わったわけではなく、自分が変わったことで映画がずっとそこに湛えていたものに気づけたのだと思います。
温故知新とは、そういうことなのかもしれません。古いものの中から新しいものを見つけるというよりも、経験を重ねた自分が向き合うことで、新しい意味が立ち現れる。『グーニーズ』はずっと同じ映画でした。変わったのは、見ている私の方でした。

三浦 直樹 教授
専門は認知神経科学です。脳機能計測などの手法を用いて人間の認知機能を調べることで、人間と技術や社会との関わりをより良くする方法を研究しています。一関高専を卒業した後は、弘前→仙台→高知とひと所に留まらずに学生・研究生活を送っており、現在はようやく仙台に落ち着いています。そういった環境の中で様々な研究分野の先生と巡り会えたことが、自分の財産だと感じています。

認知工学研究室
人間の認知・心理・生理反応を深く理解し、それを活かして身の回りの技術システムをより良いものにしてゆくための研究をしています。例えば、人間のミス(ヒューマンエラー)はなぜ生じるのか、生じさせないためにシステム側が手助けできることはないかを調べたりしています。そのため多くのテーマでは、人間を対象とした実験をすることになります。実験参加者に気持ちよく取り組んでもらうための準備や設計を丁寧に考えることが、人間とシステムとの関わり方を考える思考の練習にもなると考えています。