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宮城 全学長通信バックナンバー

第25回:平成26年度 学位記授与式 式辞

2015.3.20

 春まだ浅き弥生3月。

 本日、ここに卒業・修了生の皆さん、ならびに保護者の皆様にご参列をいただき、平成26年度学位記授与式を挙行することになりましたこと、東北工業大学の教職員を代表し、心よりお祝い申し上げますとともに、後援会、同窓会役員の代表をはじめ、本学と緊密な関係にあるご来賓のご臨席を賜り、心より御礼を申し上げます。

 本日卒業いたします学生は、工学部437名、ライフデザイン学部178名、合計615名。大学院博士(前期)課程修了生は、工学研究科14名、ライフデザイン学研究科2名、大学院博士(後期)課程修了生は工学研究科1名、合計17名。卒業・修了者合計は632名であります。卒業・修了生の皆さんは、勉学上の問題や種々の困難を克服し、保護者の支えと周囲の方のご協力のもとに、本日の栄えある学位記授与式を迎えることができました。

 この4月から実社会に巣立っていく皆さん、大学院へ進学する皆さんは良き先輩に倣い、東北工業大学の卒業生、ならびに大学院修了生としての誇りを持ち、大きな目標と大きな夢を持って歩んでいただきたいと思います。皆さんはどんな環境の中でも夢と希望を持ち続けるならば、いかなる困難も克服できるものと私は確信いたします。

 学部学生の皆さんが本学に入学しましたのは2011年。忘れもしない、3. 11東日本大震災が起きた年であります。これからどうなるのだろうかという不安の中でのスタートでありました。入学式は行われず、授業開始も5月にずれ込みました。入学予定者の中に、巨大津波の犠牲になられた学生もいたことも忘れることはできません。未曽有の大震災を経験した中で、しかしながら皆さんは将来に対して大きな夢を持ち、ある時は達成感、ある時は挫折感を繰り返しながらも希望を持ち、知識を獲得し、課外活動、ボランティア活動、アルバイトなどを行い、多くの人生経験をし、大学生活を有意義に送ってきたものと思います。

 本学はその建学の精神として、わが国、特に東北地方の産業界で指導的役割を担う高度な技術者を養成することとし、1964年に創立され、平成26年の4月に創立50周年を迎え、新たな50年への歩みをはじめました。このことを祝うかのように、同月に本学岩崎俊一理事長は世界で最も権威のある総合科学技術賞である、ベンジャミン・フランクリン・メダルを受賞いたしました。また、本学は7月に、これまでの実績と将来展望が評価され、文部科学省の平成26年度「地(知)の拠点整備事業」、いわゆるCenter Of Community(COC)事業に、10倍以上の競争率を乗り越え、採択されました。このような環境の中で皆さんは育てられました。

 こうした歴史と実績のある東北工業大学の卒業生として、今後は自信を持って歩んでいただきたいと思います。そしてまた、皆さんは専門家として必要な素地、調和のとれた人格、優れた創造力と実行力を備えた人材となるべく、薫陶されてきました。現在の皆さんは入学時とは比較にならない程、多くの知識を得、人間的の面においても大きな成長をされたものと私は信じております。本学を余裕を持って卒業した学生もおりますし、あるいは苦労して卒業した学生もいるかもしれません。しかし、これから同じスタートラインに立ち、社会に船出することになります。

 日進月歩の勢いで技術は進歩しております。皆さんは技術の面でも、社会環境の面でも、大きな変革社会で、課題を実践する挑戦者であります。しかし、皆さんは本学で工学あるいはライフデザイン学に関する知識を得ただけではなく、広く応用可能な最も基本的な知識と、知識を得る方法を学びました。このことは、皆さんに用意されている仕事や研究活動などの大きな推進力となるものと思います。

 東日本大震災の復興は途半ばです。そして世の中は想像もできないような速さで変化していきます。そのような中にあっても、私は若い皆さんの前途に大きな期待を持っています。なぜなら、このような変化の中にこそ大きなチャンスがあり、難しい課題を克服する喜びがあるからです。自分自身の可能性を信じ、人のため、世のために、愚直なまでに、誠実で、謙虚な人間になってください。そして自分自身が最も輝く、オンリーワンの生き方をしてください。

 ここで、私のはなむけとして、仙台ゆかりの作家で、劇作家であり、また文化功労者でもありました井上ひさしさんのことをお話しさせていただきたいと思います。これは東日本大震災の1年後、2012.3.16発行の河北新報のコラム「河北春秋」に掲載されたものです。
 内容はこうです。井上さんは岩手県一関で過ごした中学時代に、本屋さんでど うしても欲しかった辞書を見つけ、万引きしようとしたのですが、お店の主人に見つかってしまいました。警察行きを覚悟した井上少年を主人は店の裏に連れて行き、 夕方まで薪を割らせたのだそうです。そして、その薪割りが終わると、「薪割りの職人に頼む代金に比べたら辞書代は半分だ」と言い、辞書と半額分の賃金を渡したというのです。
 その後、井上ひさしさんは押しも押されぬ著名な作家となりました。有名作家として激務の合間をぬって、一関を訪れ、井上さんの文学講座受講者に通算4回にわたり作文指導にあたられました。1000名以上の受講者の作文を徹夜で添削し、句読点から語句の使い方まで一つ一つ丁寧に教えたというのです。井上さんは中学時代に本屋の主人から受けたご恩を忘れなかったのでしょう。しかし、今や本屋の主人は亡くなり、恩返しができない井上さんは、その代わりに、見も知らぬ人々に、「恩送り」をしたのです。

 井上ひさしさんやその母親(井上マスさん)をよく知る私の知人によれば、井上ひさしさんは山形県川西町に生まれ、幼い頃に父親を亡くしました。その後母親は嫁ぎ先を出て、一関や釜石で土木作業員などをして二人の子供を育てますが、幼い次男のひさしさんを仙台の施設へ預けなければならないほど厳しい家庭状況になったそうです。
 その後作家となった井上ひさしさんは、一関だけではなく、生まれ故郷の現在の、山形県川西町であります羽前小松の名をつけたこまつ座という劇団を結成したり、町の遅筆堂文庫に蔵書を寄贈したり、仙台でも仙台市文学館の館長を引き受けて市民に作文指導するなど、井上さんが関わった土地に「恩送り」をしているのです。

 孝行したい時に親はなし、ということわざがあります。恩を受けた人に恩返しをしたくてもその方はいないこともあり、災害や思わぬ不幸によって誰しもその可能性はあります。しかし私たちは、誰にでも「恩送り」をすることができるのです。

 この東北工業大学も、3万3千人余りの卒業生を技術者として実社会に送り出し、社会に貢献しているだけではなく、長年さまざまな形で東北地方の振興に寄与しています。保護者の皆さまには今後のご子息の活躍に期待していただきたく思います。

 最後になりますが、学生の皆さんに愛情を持って接した教職員や、喜び、悲しみ、 寂しさをともに過ごした青春時代の東北工業大学の仲間を忘れることなく、誇りとして活躍する皆さんの前途を祝して、はなむけの言葉といたします。

 卒業、修了、おめでとうございます。 2015年3月20日           

                                         東北工業大学 学長 宮城光信

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最終更新日 2017年12月9日