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宮城 全学長通信バックナンバー

第22回:靴ひもと靴べら

2014.12.08

 大学の入学式や卒業式での式辞、あるいは告示を述べる学長として私は毎年、卒業生・入学生、それに同席されている保護者、教職員に対して“心に残るようなお話をしたい”と思い、限りある能力の中で自分なりに言葉を選び、工夫して原稿を準備します。しかし、入学式、卒業式では式辞・告示が全てではありませんし、伝えたいことの本質はそれほど大きく変わるものでもありません。そしてまた、入学生、あるいは卒業生が、私の伝えたいことをどれだけ覚えていてくれているのか、ということになれば、はなはだあやしいところがあります。実際、私が高校生、大学生、あるいは大学院生時代の入学式、卒業式での校長先生、あるいは学長の式辞、告示はその時は理解しても、それは自分の中には長く残ってはおりません。一方、式辞ではありませんが、入学式に関連したことで、ただ一つだけ心に残っていることがあります。

 大分古いことですが、私が大学に入学しましたのは、1961(昭和36)年です。入学式に引き続き行われた、当時、特別講演と言われる記念講演が心に残っているのです。その年度で退官され、日本でも有名な法学者中川善之助名誉教授の特別講演でした。
 話の筋は完全に忘れておりますが、一つだけ覚えていることがあります。それは『靴ひもをしっかり締めておけ』ということで、その内容は「諸君は卒業した後、職場の同僚、あるいは先輩として、後輩と共に食席・酒席に出ることも多くあろう。その時、靴ひもをゆっくり結び、皆に遅れて店を出るようでは困る。座っていた畳の席からすばやく立ち、靴を履き、真っ先に進んで支払いをするように」、ということでした。そのためにも、『靴ひもはしっかり締めておけ』というものです。
 中川善之助先生のような高名な法学者は、こんな些細なことだけをお話しするはずはないのですが、不思議なもので、そのことだけが私の心に残り、50年以上も経った今でもその教えを鮮明に覚えているのです。 その教えは、人によってはつまらないと思われるかもしれませんが、私にとっては大変参考になり、その後から大切な指針になっているのです。ただ、最近は椅子席も多く、靴を脱ぐ機会は少なくなりましたし、割り勘という合理的な支払方法が自然の流れでもありますので、その教えが現代の学生にどれだけ意味があるかは分かりませんが、心に留めて置いてもいいのではないかと思います。

 畳の席に関連し、もう一つお話ししておきたいことがあります。
 気の利いた飲食店では、店を出る時のサービスとして、店員が靴べらを差し出すことがよくあります。多くの人はそれを「結構です」と言って断り、自分でさっさと靴を履き帰ってしまう光景をよく見掛けます。訪問先の御主人や奥様から帰る時に靴べらを差し出されても、同様に遠慮して断り、自分の靴べらを使用される方が多いのではないでしょうか。
 私自身もかつてはそのような人間でした。これは、自分のことは自分でやる、人に迷惑をかけない、という信念の一つの表れのように思います。これは、ある意味では素晴らしいことかもしれませんが、人間というのはそれで良いものでしょうか。お互いに助けたり、助け合ったりして生きていくものではないでしょうか。ですから、靴べらを差し出す相手の行為を素直に受け入れ、あえて感謝して応えることは、良好な人間関係を保つために大切なことだと思います。私たちはいろいろな場面で、知らず知らずに多くの方々から、そして自然から大きな恩恵を受けています。そしてまた、大きな愛の中にあって生きています。人から受けた愛を何倍もして人に返していくためにも、親切に差し出された靴べらを素直に受けるのは、社会に生きる人間としての小さな一歩だと思います。 

 年の暮れに際し、皆さんに新たな一歩を踏み出していただきたいので、“靴”にかかわるお話をした次第です。

宮城 光信 前学長 学長通信バックナンバー

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最終更新日 2017年12月9日