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宮城 全学長通信バックナンバー

第18回:小さなことで、大切なこと。

2014.8.22

 少々古い話で恐縮ですが、東大の茅 誠司第17代総長は昭和38年3月の卒業式で、学生に向かって「小さな親切」を勇気を持って実行していただきたい旨のことを話されました。当時の新聞には、哲学的な訓示をすることが常の東大総長が、あまりにも易しいことを話されたことに驚きをもって伝えたことを記憶しています。

 茅総長のこの訓示では、自身が経験した「小さな親切」の実例が二つ、新聞記事の例が一つ、合計三つも述べられています。一つはイギリスのオックスフォード大学まで車で行く途中、前を走っているトラックの運転手が片手を出して、(どうぞ追い越してください)と合図してくれたこと。それも1台のみならず往復の道々で何台も。二つ目はアメリカのバークレーにあるカリフォルニア大学で、同じ大学ではあるが、行き先も全く異なる大学院生がキャンパス郊外から長い距離を訪問先まで一緒に歩いてくれ、訪問先の教授と握手するのを見とどけるまで付き添ってくれたということでした。

 茅総長は、このときが任期最後の卒業式ということもあって、将来を担う若い卒業生に自分が最も大切だと思っていることを是非伝えたかったことだったのでしょう。「小さな親切」はその後、公益社団法人小さな親切運動本部に引き継がれ、全国的な活動として続けられています。ちなみに、翌昭和39年3月の東大卒業式では、大河内第18代総長が、「太った豚になるより痩せたソクラテスとなれ」という有名な訓示をされています。

 “そんな小さなことが…”、と思えるようなことが実は大きな意味を持っていることが幾つかあります。私は「挨拶」もその一つではないかと思っています。

 これまでの私のキャリアの中で、高等学校、中学校を訪問する機会が数多くありました。その際に校庭あるいは廊下で、来訪者の私に対して生徒たちが例外なく挨拶をしてくれることを経験しています。これは教育の素晴らしい成果の一つであると思います。ところが、大学生になるとこの挨拶が不思議なことに殆ど消えてしまいます。もともと挨拶とは、人が会ったり別れたりするとき、儀礼的に取り交わす言葉や動作であると言われています。挨拶をしてくれる、さらにはにこやかに挨拶をしてくれる人には、儀礼以上の親しさを感じるものであり、親しさ以上の感情を抱くことさえあるのですから。

 このように挨拶をし合う、という小さなことは、社会生活を行う上で最も基本的なことだと思います。例えば、全く知らない外国人とジャングルかどこか寂しいところで会ったとします。そのとき、“ハロー”と挨拶し合えば、例え武器を持っていたとしても、「私はあなたの敵ではない」という意思を示し、争いは起きないものだからです。

 私は挨拶の大切さをある大人の会合でおそるおそる話したことがありますが、あまり重く受け止められませんでした。当たり前のことと捉えられたのかもしれませんが、その後も挨拶は大人になればなるほどあまり実行されてはいないように感じます。また、「小さな親切」を述べた茅 誠司東大総長くらいの大物にならなければ重く受け止められないのかな、と思ったりもします。しかし…。

 この「挨拶をすること」は、私たちが社会生活をする上で最も基本的に重要で、どんな人もできることだと思っている私の気持ちに一切の揺るぎはありません。誰にでもできる小さな小さな一つひとつのことがやがて大きな大きなことになる、という私の信念も。

宮城 光信 前学長 学長通信バックナンバー

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最終更新日 2017年12月9日